アイマグブログ― カマタヒロシ 

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カテゴリ:My Favorite Things( 186 )

燐寸

僕のミックステープやCDに冠した

タイトルの元ネタである、

ロックステディの至宝コンピレーション

HOTTEST HITS (Treasure Isle)

僕が産まれた頃にリリースされた

このアルバムは全3タイトル、

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ビートルズの青盤・赤盤のように、

黒・青・赤と3色のジャケに分かれており、

(ちなみにビートルズにも『HOTTEST HITS』なるコンピ盤が存在する)

僅か2~3年ほどの流行ではあったが、

ジャマイカ音楽の歴史上、

スカとレゲエを繋ぐブリッジとして重要な位置づけとなった

ロックステディ珠玉の名曲がタップリ詰まった名盤だ。

ロックステディとは何かを知りたいなら、

まずこのコンピを聴けば確実に理解できる。

僕は内容もさることながら、

このマッチジャケがお気に入りで、

ZOOT時代には3枚並べて壁にディスプレイしていたものだ。

当時、ショップで好きな音楽に関連したオリジナルのTシャツやグッズを展開していて、

そのインスパイアの源としてレコードのカバーアートは欠かせないものだった。 

ある日、このホッテストヒッツのジャケが

ふと目に留まり、

「このマッチが本当にあれば面白いかも?」

と、思い早速ラフ画を描いてFAXを送った。

黒・赤・青のマッチ3箱セット

ホッテストマッチ

僕は非喫煙者だが、スカやロックステディをかけるDJが、

ブースで煙草にマッチで火を点けてるとカッコいいんじゃないか?と。

別に使わなくても置いとくだけでお洒落?だし、

お土産にも売れそうな気がしたので自信を持ってプレゼンしたのだが、

結局コストが合わなかったのか、

ボツにされてしまったのだった。

今から15年ほど前の話だ。


時は巡り、先日のこと、

いま、甘いのを歌わせたら日本一の

トロピカルレゲエシンガー、アスキーこと、

asuka ando が、

BestMatchCorner なる人物?の、

マッチアート展の紹介をしているのを偶然見た。

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アスキーの7インチやCD等、

数々の作品のアートワークをマッチにしたものが並んでいて、

へー、コレはイイ!と思って眺めてたら、

その中に、アレ?コレは?と、目に留まったのが、

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なんと、あのホッテストヒッツのマッチ!

ウワー、コレ、昔、全く同じ物を考えてたことあったのに!

と、テンション上がってしまった。

僕の考えてたのはジャケそのままをマッチにしたものなので

厳密には少々異なるのだが、

コンセプトは全く同じ、

思わずアスキーに「これヤバイ!欲しい!」

と、コメントを送った。

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そしたら先日の日曜日、

RICO SWEETSで開催したラジオDJの際に、

先月リリースされたアスキーのニューアルバム

あまいひとくち

と、ともにマッチが届いたのだ!

コレが売り物だったのか、

単なる展示用だったのか、

その辺の事情も何も知らず、

画像を見て思わず「欲しい!」と、

コメントしただけなのに現物が目の前にある!

こんな「あまい」現実があるだろうか?

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実物を見て、よりマッチの魅力に惹かれてしまった。

今回はマッチにしか触れないが、

asuka ando のニューアルバムについては

また改めて書かなくてはならない。

なぜならとても素晴らしい作品だから。

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シングルにもなったタイトル曲は、

僕の好きなアップセッターズのインスト曲

"5 CARDIFF CRESCENT"

をオケに使用していて驚いた。

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ドンドラモンドJr. こと、ヴィンゴードンの

トロンボーンをフィーチャーした曲で、

僕がよくかけていたので聴いたことある人もいると思う。

あの曲をリディムにして歌ってしまう

アスキーの(レゲエマナーに則った)センスに脱帽。

いま、いろんな歌い手がいるけど表現力は群を抜いている。

こういう作品に出会うと、

つくづく番組をやっていないのが悔やまれる。

もっと詳細に特集して聴かせたいのに。

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とは言え、先日のようなラジオショーを開催させてくれた

会場のRICO SWEETSと、

大して告知していなかったにも関わらず

集まってくれたお客さんに心から感謝しています。 








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by imag0020 | 2018-02-16 06:52 | My Favorite Things

回葬

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ECDこと石田義則さんが亡くなった。

僕の大きな心残り、

それはECDDJとライヴを松山で体験できなかったことだ。

僕とクボタタケシによるHOTTEST NEO CLASSICS

でもゲストDJとしてECDの名前が挙がっていた。

数年前にはかなり具体的な日程まで上げてオファーさせてもらったのだが、

石田さんの現場仕事の都合が合わず見送った経緯があった。

例え上手く調整して仕事終わりで最終便に乗り、

松山まで来れたとしても始発の新幹線で東京に戻るくらいの

時間じゃないと仕事に間に合わないというので、

夜中に地方での出演は難しいということだった。

仕事を休める日も1ヶ月前にならないと確定しないので、

当然その日まで正式な告知も出来ないし、

クボタやクラブのスケジュールにも影響する可能性があった。

だったらこちらが合わせるしかない。

クボタもリスクを承知の上で石田さんを誘ってくれていたし、

石田さん本人も行きたいと言ってくれていたようなので、

なんとしても実現させたかったのだが

その後、体調を崩されたりしたこともあり、

しばらく厳しいだろうなと思ってオファーも封印していた。

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僕がECDという存在を知ったのは、

1987年頃にフジテレビで放送されていた

深夜のカルトプログラム『FM-TV』の中で

藤原ヒロシさんと高木完さんによる

タイニィパンクスのコーナーがあって、

そこで「新人レゲエディージェイECD

って紹介されていた時。

その時の石田さんが27歳。

新人と言っても完ちゃんより年上なんですけど

みたいなトークをしていたのを記憶している。

初期はチエコビューティーとコンビネーションで歌ったりしていたし、レゲエ寄りの人って認識していた。

その後、

MAJOR FORCEからリリースして、

初めてライヴを観た時は川辺ヒロシ君がバックトラックを刻むセレクターを務めていたのもよく憶えている。

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このツアーで高松にも来た


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このコンピ盤でDJ DOC HOLIDAYこと須永辰緒さんとの

コンビでやった『マンション』も懐かしいし、

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ECD主宰の『CHECK YOUR MIKE』では、

自ら司会もやっていて、TONEPAYSCARTOONS

キミドリA.K.I.も出ていた。

そう言えば、その時のフライヤの問い合わせ先の電話番号に、

普通に 03-〇〇○ ISHIDA って書いてて、

エッ、コレッてECDの家の番号⁉︎って驚いたり。

石田さんは後に、

隠さないといけない個人情報なんて何もないって、

自宅の住所なんかも堂々と掲載してたけど、

もう、当時からそんな感じだったな。

あのフライヤどこかに残してあるはず。

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あ、パブリックエネミーFight The  Power Live

の輸入盤VHSを買ったら日本のツアーのシーンにECDや完さんが一瞬映ってテンション上がったことも。


石田さんはニューウェーヴな音楽家だった。

後期はサックスを手に盟友イリシットツボイ君とのコンビで

ヒップホップを解放しながら最後までニューウェーヴなヒップホップを実践していた。

ラッパーとしても印象的なフレーズ、ラインを多数残している。

「やりきれないことばっかりだから、レコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードを聴いている、今日も」

(DIRECT DRIVE)

なんて、こんなシンプルなリリックの繰り返しで、

僕らの心情を代弁してくれるなんて。

どんだけいろんなとこで使わせてもらったことか。

日本語ラップ史上最高の発明かも。

あとは、さんピンCAMPオープニングでの

J-RAPは死んだ、俺が殺した」宣言も、

ジョニーロットンの「ロックは死んだ」発言を

当時のシーンに置き換えてたんだと思う。

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ECD監修 PERFECT BEATS
この本もレコ屋時代にお世話になった。
ヒップホップの重要な12インチはコレでチェックしていた。

好きな曲は挙げるとキリがないが、

『マス対コア』や『ブギーバック』アンサーソング、

四街道とやった『銭の花』、

『ロンリーガール』はモチロン、

やはり『サマーマッドネス』も。

ミュートビートのレコードを回転数チェンジしてそのまま使った

After the  Rainは、もう真骨頂。

コレを7インチでリリースしたのも最高。

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あとはデモのテーマ曲『言うこと聞くよな奴らじゃないぞ

も7インチだったな。

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君は薔薇より美しい

この12インチもアートワーク含めて好きだ。

もう、イルドーザーのグラフィックがそこにないとECDの作品は完成形とは言えないような。

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GAS BOOK 06 illdozer


そして、ECDがその本領を発揮し始めたのは

ベスト盤『MASTER』リリース時のCCCD問題に端を発するcutting edge離脱後の

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アルバム『失点インザパーク』(2003年)

からの真のインディペンデントなリリースや

表現活動こそが石田さんの底力だった。

MAJOR FORCEcutting edge 時代よりも

精力的にリリース量も増えファンを自認する

僕ですら追いつけなくなってたほど。

でも制作したアルバムも良かったけど、

何より僕にとっては石田さんが好きな音楽や

レコードのチョイスに興味があった。

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特に2002年の米国音楽誌での100枚セレクト

コレは本当に隅から隅まで読んだな。

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日本のロックに対する造詣の深さは凄くて、

その見識にはかなり影響受けた。

僕より年上の東京の人はそんな環境で音楽を聴けたのか、と。

元々この企画が好きでクボタや辰緒さん、フォースオブネイチャーの号も面白かったけど、

石田さんの回が一番読み返す頻度が高い。

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あとは、選曲したCD-RPRIVATE LESSON』シリーズもよく聴いた。

いま流行りの和モノとはまた異なるけど、

ある意味アルバムを聴くよりも

紛れもないECDの世界観が垣間見れる。

後から正規リリース盤も出てたけど、

それよりも、自分家でコピーしてきたCD-Rを石田さんに貰ったようなコレが好き。

(盤面もマジックで書いてるだけだし)

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そして、とどめはECDの音楽史

いるべき場所 In the place to be

ダイアリーをはじめとする石田さんの著書も片っ端から読んだけど、やはりコレ。

パンクやヒップホップとの出会いなど、

石田さんの眼を通した同時代史になってて、

自分との世代や環境の違いを興味深く、

それこそ何回も何回も読んだ。

この本と、プライベートレッスンのCD

そして米国音楽とイルドーザーの作品集

コレが僕にとってのECDベスト。

何は無くともこれだけは大切に置いてます。

あまりにも突然亡くなったので、

まだ哀しいというより実感できないけど、

本当に大ファンでした。

最後に実際にお目にかかったのは明け方の

オルガンバーのフロアで隣に座ってて驚いた時かな。

Twitterで返信貰ったりしただけでも嬉しくなるようなミーハー的なファンでもあり、

音楽を続けるためのやり方、生き方も含めて影響受け実践してみるほどの信者でもありました。

まだ聴いてない近年のアルバムは個人的に新譜として

これからの楽しみにしておきます。

「遅いぞ!追いついてこい!」

の言葉を頼りに、

僕も自分のいるべき場所を探して生きていきます。


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スコット・ラ・ロック 蘇れ

マーヴィン・ゲイ 蘇れ

ボブ・マーリー 蘇れ

江戸アケミ 蘇れ

マルコムX 蘇れ

ジョン・レノン 蘇れ

ポール・C 蘇れ

(『復活祭』より)


今後はこの歌に

MCAD.L.と共にECDの名前を加えて

僕らが歌い継いでいくべき。


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by imag0020 | 2018-01-29 11:42 | My Favorite Things

苟且

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かりそめのスウィング 甲斐バンド (1975)

僕が最も好きなクリスマスソングがコレ

(ポーグスは置いといて)。

アコースティックスウィングって言うか。

ZOOT16でこの曲カバーすればいいのに。

この曲がクリスマスソングとして

認知されているかどうかは知らないけど、

とにかくタイトルも曲も歌詞もカッコいい。

http://j-lyric.net/artist/a0020f1/l011428.html

「うかれたジングルベルを

  はきだすかのように

  二人とぶように踊り狂った」

小沢『流星ビバップ』の

「やがて種を吐き出すような

  固い固い心のカタマリ」

と並ぶ、二大「吐き出す」リリックか。

そもそも「かりそめ」って言葉が好き。

僕くらい「かりそめ」な人生送ってる人はいないから。





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by imag0020 | 2017-12-24 08:01 | My Favorite Things

直交

https://www.youtube.com/watch?v=pAgnJDJN4VA&feature=share


ロックの歴史上最も偉大なバンドは?

と聞かれたら、

迷わずAC/DCと(敢えて大袈裟に)答える。

(日によって変更になる場合があります)

AC/DCの名前くらいは誰でも知ってるだろうが、

実際に聴いたことないって人は意外に多い。

そのバンド名のロゴマークは世界で最も認知されている物の1つであり、ストーンズやラモーンズ、キッス、エアロスミス、ピストルズ等と並ぶアイコンとして、

それこそ音を聴いたことない連中も含めた

世界中のキッズがTシャツを愛用している。

なぜ今更こんなことを書いているかと言うと

欧米のロックに対して理解と関心のあるはずの我が国で、AC/DCの評価が異様に低いからに他ならない。

その理由は未だによく解らないのだが、

確かにこれほどの長いキャリアを誇るバンドにしては来日ツアーの回数も極端に少ない。

今回のマルコム・ヤング死去に関する国内の報道や反応を見ても評価の低さを再認識した。

僕がAC/DCを知ったのは中学生の時。

ちょうどアルバム "Back in Black" がリリースされた頃だった。

友達の兄貴が持っていたのを聴かせてもらったのを記憶している。

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1980年7月にリリースされた

『バック・イン・ブラック』は、全世界で5300万枚以上のセールスを記録、

1億枚以上売ったMJ『スリラー』は別格として、

"The Dark Side of the Moon" Pink Floyd

"The Greatest Hits" Eagles

等の大名盤と並ぶ「歴代最も売れたアルバム」トップ5にランクインしている。

分類上、ハードロックやメタルのバンドとして紹介されてしまうため無意識に遠ざけてしまっている人も多いのかもしれないが、

それは非常にもったいないことをしている。

最近はアクセル・ローズをヴォーカルに迎えたりしていたが、あれはあまりよろしくない。

全盛期のアクセルなら声質も含めてハマらなくもないかもしれないが。

(ただ、ガンズもAC/DCから多大なる影響を受けていることは明白で本人にとっては光栄なことだろうが)

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スクールジャケットに短パン姿、

足でリズムを取りながら、ヘッドバンギングしながら、

ギブソンSGをかき鳴らすリードギター

アンガス・ヤングに目を奪われがちだが、

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その真逆で地味なルックスで黙々とリフを刻むリズムギターに徹しているのが兄のマルコムヤングだ。

およそそのサウンドには不似合いに見えるグレッチのギターを抱えているのも面白い。

バンドの結成から数々のソングライティングまで、

重要な役割を果たしてきたマルコム。

マルコムこそAC/DCだった。

R.I.P.

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僕が所有する唯一の国内盤7インチがコレ。

カップリング曲もジャケットデザインも日本独自の企画。

海外のファンが一番欲しがるやつ。


よく考えたらいろんなところでサンプリングされたブレイクビーツでもある。


https://www.youtube.com/watch?v=dsVAOjVYQnY&feature=share


"Rock Hard" Beastie Boys


https://youtu.be/7rUbBZAsmH4


"Dope Beats" BDP









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by imag0020 | 2017-11-20 09:40 | My Favorite Things

鉄拳

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俳優であり元プロ野球選手でもあった、

橋本 力(ちから)さんが83歳で亡くなったというニュースが。

橋本力と聞いても誰やねんって人も多いだろうが、

個人的にあまりにも興味深い、特別な経歴を重ねた人物だったのだ。


まず、毎日オリオンズ(現在の千葉ロッテマリーンズの前身球団にあたる)の外野手として、今から半世紀前のパリーグでそこそこ活躍。

1957年にはレギュラーとして100試合以上に出場しており、

35勝、防御率1.37という驚異的な成績を挙げMVPを獲得した西鉄ライオンズの大エース稲尾和久らと対戦している。

しかし、その後は2軍生活も多くなり、

毎日オリオンズ球団の親会社が映画会社の

大映と合併し大毎オリオンズになったことから、

現代では考えられないことだが、

現役選手なのに野球関連の内容を扱った作品にアドバイザー兼選手役で出演させられている。

しかも、その撮影中にアクシデントで負傷してしまい、

そのまま現役を引退してしまうことになる。

その映画が実質的な俳優デビューとなり、俳優の道に転身した変わり種なのだ。


そして、橋本さんの当たり役となったのが、

1966年(昭和41年)に大映が製作・公開した日本映画の特撮時代劇

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『大魔神』シリーズ三部作への出演だ。

現在で言うスーツアクターなのだが、顔の部分は特殊メイクのみ。

あの血走った印象的な大魔神の眼力は橋本さんの眼そのものなのだ。

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その後はあの勝新太郎に可愛がられ

勝プロに所属し『座頭市』など様々な映画に出演、

その勝プロから派遣される形で出演した香港映画で世界中に存在を知られることになる


ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年)

(原題 精武門 英題 Fist of Fury)

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そう、ブルース・リー主演2作目の作品に、

日本人柔道場主 鈴木という悪役で出演したのだ。

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この時点ではリーの映画がまだ日本では公開されておらず、

何の予備知識もないまま派遣されたそうで、

台本も何もなく、ただただリーの敵役を演じたらしい。

そもそも橋本さんは日本で公開されるような作品になるとも思っていなかったんだとか。

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山勝ブルースリーカード裏面より

この映画を観たことある人は解るだろうが、

当時よく日本で公開できたなと思うほど、とにかく日本人は徹底的に悪者として描かれている。

(実際、日本公開版では一部のシーンがカットされている)

なにしろ映画専門誌『映画秘宝』が

「映画秘宝 オール・ジャンル・ランキング

どこの映画雑誌も手を出さない禁断の映画ランキング」

2011年2月号で発表しているのだが、

その中の「今こそ観たい反日アクション映画」

ランキングで『怒りの鉄拳』が堂々1位に選出されていたほどだ。

ちなみに、この雑誌の別冊ムックとして発売された

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この本は90年代リー再評価のキッカケを作った一冊だ。

『ブルース・リーと101匹ドラゴン大行進!』(1996年)に、

橋本さんのインタビューが掲載されていて、僕は初めてそんな日本人がいることを知った。

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封切りされると映画の内容云々など関係なく日本人もブルースリーに熱狂し、小学生の僕も夢中になった。

特にリーが日本人道場に殴り込み、大量のザコキャラを蹴散らした後の橋本さん演じる鈴木とのヌンチャク対日本刀の殺陣は見もので、

なぜか日本人がやられてるのに観てて痛快でもあった。

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かくして橋本さんはリーと作品で共演した非常に珍しい日本人俳優となったのだった。

しかも、後日談として、劇中で橋本さん演じる鈴木が、リー演じる陳真の飛び蹴りを受けて障子を突き破るシーンは、スタントマン時代のジャッキー・チェンが演じていたことも掲載されていて驚かされた。

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これが実はジャッキーチェンだという

Wikipediaによると「ハイスピードで撮影された難易度の高いスタントは初公開当時から予告編のラストカットに使われるなど本作の見せ場の一つとして扱い、スタントマンとしてのジャッキーの出世作となる。リーはこの若きスタントマンに最大級の賛辞を贈った」

つまり、無名時代のジャッキーは、橋本さんのスタントでチャンスを掴んだのだ。

橋本さんは期せずしてリーとジャッキーという二大カンフー・スターの重大な接点に関わっていたことになる。

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別の二大スター ジャッキー(ミットウ)とリー(ペリー)


ちなみにリーは座頭市の大ファンで、座頭市からインスパイアされた盲目の主人公の作品を撮る企画もしていたらしく、その辺りも勝新に日本人俳優をキャスティング依頼した理由になっているのかも。


野球選手として稲尾らと対戦し、役者として大魔神になり、

座頭市に斬られたり、

リーに蹴られたりと、

野球以外は自分から望んだことでもないのに誰にも真似できない数奇な人生を歩んだ橋本さん。

早々と80年代に俳優業を引退していたそうだが、もし続けていたら90年代のタランティーノ作品なんかにもお呼びがかかかっていたのではないだろうか?

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ご冥福をお祈りします






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by imag0020 | 2017-10-23 01:13 | My Favorite Things

終曲

何気なく置いてあるフライヤに目を奪われた。

phew 松山初LIVE!

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思わず二度見した。

エーーッ、マジで⁉︎

しかも、RICO SWEETSでライヴ?


僕は若い頃、日本のロックに対するちょっとしたコンプレックスを抱えていた。

小学生の時にプラスチックスを好きになり、

その後もシナロケ、モッズ、ルースターズ、RC、坂本龍一、

あとブラックキャッツとか。

いろいろ幅広く聴いてたつもりだったけど、

よく考えたら全部メジャーなレーベルからリリースされていたそれなりに知られたバンドばかり。

ちょっとロック好きなら当たり前のように聴いてたバンドだ。

海外のバンドに興味が移行して日本のバンドをどこか軽視するようになっていった部分も否めないけど、

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例えば、INU『メシ喰うな!』とか。

フリクションやリザードなどいわゆる東京ロッカーズ系も

周りに聴いてる奴もいなかったので当時は全く聴いてない。

高校生になると友達もメタル一色だったし

もう少し後になって出てくるインディーズ系とかも含めて、

もっと全然知らないバンドの聴いてないレコードが山ほどあることに気づいて後追いで片っ端から聴いていった。

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その中でやっと聴けたのがアーント・サリー。

正直、しまった!と思った。

こんなん聴かずに十代を過ごしてたんかと。

まー、最初のプレスは500枚限定だったそうなので、

そりゃ持ってる友達もいなかっただろう。

1979年リリースって言ったらスリッツの1stアルバム『CUT』と同じ年。X-RAYスペックスもその頃だし。

モチロン角度は異なるけど日本にもあったんだなと実感できるはず。

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翌年のphew名義になってからの

坂本龍一との『終曲(フィナーレ)』、

そして亡くなったばかりのホルガーシューカイ含むCAN

バックバンドに制作されたアルバム『phew』も、

その翌年リリースだ。

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ちょっと独特の世界観ではあるけど、

今なら入手困難とか関係なく聴く手段あるし、

興味がある人はちょっと覗いてみては。

いやー、まさかあそこでphewのライヴなんて、

ホント何があるか解らないもんだ。



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by imag0020 | 2017-09-11 14:19 | My Favorite Things

虚構

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"the owls are not what they seem"

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by imag0020 | 2017-09-08 04:34 | My Favorite Things

舟海

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Jah Wobble.Jaki Liebezeit, Holger Czukay
/ How Much Are They?
c/w Persian Love
(TRIO / 45rpm / 7" / JPN / )

僕がホルガーシューカイの名を知ったのはスネークマンショー
死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!』(1981年)
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に収録されていた『ペルシアン・ラヴ』という曲でした。

当時、日本ではサントリーウィスキー角瓶のCMに起用されていた。

いま想えばギャグやコントを目当てにスネークマンを聴いていただけの子供がリップ・リグ&パニックやホルガー・シューカイらの前衛的な音楽を無意識に刷り込まれていたのは恐ろしいことだが、とにかく最初は奇妙な曲だなと思いながら、ホルガーシューカイという名前を知った。

そして、史上最高にカッコいい曲
ニューヨーク伝説のクラブLOFTクラシック、
ジャーウォブル(P.I.L)、CANのドラマー、ジャッキーリーベツァイとの
How much are they?
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ジャケを見ても分かる通り、これもHONDAのスクーターのCMに使用されていた。

F1サーキットの現場に原チャリ2台という異様なロケーションがヤバイ。

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https://youtu.be/NlPl3WExyMs


このペルシアンラヴとのカップリング7インチは日本独自企画のもので、

両曲ともCMに使われていたことになるが、

当時のHONDAと広告代理店は他にもピックバッグやヘアカット100を使ってたし、攻めていた。

サントリーもウルトラヴォックスを使ってたし、

ポストパンク~ニューウェーヴのアーティストの楽曲がお茶の間に普通に流れていた時代。

この曲をかけてるDJは結構いるけど大体12インチだと思う。

そういう人にブースでこの日本盤シングルを見せると、

「初めて見た!」って写真撮って帰るし。

ホルガーシューカイの訃報を知り、

一番好きなこの曲を紹介させてもらいました。 


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by imag0020 | 2017-09-06 15:36 | My Favorite Things

浩志

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HIROSHI II HIROSHI
/ HIROSHI II HIROSHI VOL.1
3,456円(税込)
HMV Record Shop / JPN / LP(レコード) / HRLP082 / 2017年10月07日 発売予定


国産バレアリック・マスターピース('93)が
アナログ黒盤にて正規復刻!

藤原ヒロシ川辺ヒロシ(TOKYO NO.1 SOUL SET)のユニット"HIROSHI II HIROSHI"。
当時はビニールジャケット付ピクチャーディスクで流通した彼らのチルアウト~バレアリック古典作品(EP)で、
現在では中古市場で高価で取引される人気盤。

A1. H2O
A2. BEAUTY & BEAST+BAGEL (INST)
A3. PULSE OF CALM
B1. BEAUTY & BEAST+BAGEL (DUB)
B2. PULSE OF CALM (GUITAR)
B3. EASTWOOD RIDES AGAIN


とうとう、これも再発するんですね。
fileレコードからリリースされていた名盤。
藤原ヒロシ (浩) さん、
川辺ヒロシ (浩志) 君、
コメント書いてるのが荏開津広さん、
アートワークは永井博さんと、
徹底的に『ヒロシ』づくしにこだわった、
ヒロシによるヒロシの為の作品?
僕もヒロシ界の末端として愛聴してました。
この年にちょうどラジオを始めたこともあり、
全編インストのこのアルバムはとても重宝したな。
特に1曲目に収録されている『H2O』が好きで、
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僕の『Hottest Hits Lovers(2001年)のテープでも、
オープニングに使わせてもらったのですが、
その時に俊美さんが、
「おー、懐かしいね、コレ。小沢君がギター弾いてるもんねぇ」と。
「エー?そんなクレジットどこにも無いけど?」
ってビックリしたのを憶えてます。
確かソロデビュー直前という契約の関係でシークレット扱いになってたんですよね。
かなりのオザケンフリークでも、この作品まではチェックしてないんじゃないかな
(そんなことどこにも書いてないから知らなくて当然だが)

でも、なんで今さら明かすことにしたのか?
時効?
永井博さんのジャケも、当時は「あー、なるほどねぇ、よくそこを思いついたね」
って反応だったけど、
このシティポップ再評価の現在のシーンでは
もうドストライクですもんね。
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ただ、そのアートワークを生かすためか、
ピクチャー盤でリリースされていたので、
あまり音は良くなかったんですよね。
だから、今回のアナログ復刻は期待してます。
それにしても、こういう音が現代では
「バレアリック」って表現されるんですね。
あ、いま聴くと各楽曲の元ネタも解るな。
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93年当時のフライヤも持ってるのに見つからなかった

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by imag0020 | 2017-08-30 14:53 | My Favorite Things

制定

8月25日は松山フィッシュマンズ記念日

金曜興奮スタジアムGT01 (JOEU-FM)
1998年8月25日
フィッシュマンズ楽屋インタヴューより

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当時僕がインタビューを試みた記録の中で、
フィッシュマンズだけはどれだけ探しても
テープを見付けることができなかった。
局にマスターも残ってなければ、
誰かに渡したか僕の手元にも残っていない。
でも、どうにかもう一度聴いてみたいと
昔から僕の番組を聴いてくれていたヘヴィリスナーの人達にWANTを出していたら2年前
特に膨大なアーカイヴを持つY君が本当に探しだしてきてくれた。
なにしろ今から19年も前に放送したものを学生だったY君が自宅でエアチェックしたテープだ。
98年当時まだカセットやMDに録音するのが主流であり、
データ化したりCD-Rにコピーしたりなんてことは家庭では難しかったのでカセットのまま保管されていたのだ。
本当に感謝である。
このインタヴューが収録されたのは
1998年8月25日(*オンエアは8/28)
松山LIVE HOUSEサロンキティの楽屋にて、
ライヴアルバム『8月の現状』リリースツアーでのこと。
リハーサルおよびサウンドチェック終了後に収録は行われた。
アーティストによってはライヴ前のコンセントレーションを高める大事な時間であろう。
なぜこんな時にわざわざ楽屋でインタヴューなどやる必要があるのか…。
僕以上に彼らもそう思っていたことだろう。
実際、楽屋のソファに座って待ってくれていたベースの柏原さん、
ドラムの欣ちゃんと対称的に、
ヴォーカル、ギターの佐藤さんはなかなか楽屋に戻ってこない。
多分面倒だと思っていたのではないか。
実はこのインタヴュー収録が決まったのはライヴ前日のことで、
なぜ急遽決まったのか僕も理解していなかった。
言葉は悪いが彼らにとってはライヴアルバムの
告知宣伝になるかもっていうメリットしかない取材だ。
それに失礼ながら取材が好きそうな連中には見えなかったし。
なんとなく佐藤さんの心情を勝手に察して、
会うのが怖くなってきた。
(そもそも取材なんかなくてもウチの番組なら特集くらいやっていたことは間違いない)
楽屋という空間は関係者の出入りがあって只でさえ集中しにくいし、
雑音も拾ってしまうので個人的にもスタジオ以外での収録は苦手だった。
しかも彼らとは完全に初対面である。
インタヴューが上手くいくかどうか正直自信がなかった。
唯一の頼りはライヴアルバムに収録された
『ナイトクルージング』に客演したソウルセットのBIKKEと俊美さんの話が出来ることくらいだ。
(僕にフィッシュマンズを強力に薦めてくれたのも川辺君だったし)
とにかく渋々(に見えた)佐藤さんがやっと席に着いてくれてインタヴューが始まった…。
と、
ここまでしか当時の記憶は残っていない。
楽屋にHONZIさんも座ってたな、とか。
木暮さんはいなかったな、とか。
そんなことは覚えているが。
喋った内容は記憶から飛んでいた。
とにかくインタヴュアーとして未熟な僕の拙い進行に
欣ちゃんが気を遣って率先して喋ってくれたので、
なんとか10分程の尺が収録出来たのだった。
なので、こうやって、いざテープが発掘されてみると聴くのが怖い部分もあった。
けれども確かに19年前の今日、
僕はフィッシュマンズに会って、
素晴らしいライヴも体験することが出来た。
その記録としての貴重なテープであり、
内容は今更どうでも良かったのかもしれない。
だから聴いてみた感想はあえて書かないことにする。
フィッシュマンズはこのツアー全15本のライヴをこなしたが、
四国では松山のみの開催で、しかもこれが四国初上陸だった。
佐藤さんがいたフィッシュマンズの実質的なラストライヴとなった
98年12月27、28日の
『男達の別れ』
赤坂BLITZでのステージまで4ヶ月、
松山ライヴから数えて僅か20本ほど。
彼らのキャリア唯一の四国でのライヴであり、
僕にとっても最初で最後のライヴ体験だった。
モチロンそんなことになるとは想いもよらなかったが。
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フィッシュマンズ年表には
「松山サロンキティ フィッシュマンズ四国上陸。昔映画館だった建物でおもしろい作りだった。男の人がとても多かった」
と記されている。
「この日良かったんだよなぁ。」(茂木談)とも。
僕もこの日のライヴは本当に素晴らしかったと記憶している。
だからフィッシュマンズのライヴは最高のものしか知らない。
ステージ上で毒づいてた佐藤さんと
楽屋のソファに体育座りしてた佐藤さんを思い返し、
今日を僕の松山フィッシュマンズ記念日に制定することにした。



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フィッシュマンズにサイン色紙って
なんか似合わない 笑 珍品だわ。

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by imag0020 | 2017-08-25 14:33 | My Favorite Things
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DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


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