アイマグブログ― カマタヒロシ 

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カテゴリ:My Favorite Things( 183 )

直交

https://www.youtube.com/watch?v=pAgnJDJN4VA&feature=share


ロックの歴史上最も偉大なバンドは?

と聞かれたら、

迷わずAC/DCと(敢えて大袈裟に)答える。

(日によって変更になる場合があります)

AC/DCの名前くらいは誰でも知ってるだろうが、

実際に聴いたことないって人は意外に多い。

そのバンド名のロゴマークは世界で最も認知されている物の1つであり、ストーンズやラモーンズ、キッス、エアロスミス、ピストルズ等と並ぶアイコンとして、

それこそ音を聴いたことない連中も含めた

世界中のキッズがTシャツを愛用している。

なぜ今更こんなことを書いているかと言うと

欧米のロックに対して理解と関心のあるはずの我が国で、AC/DCの評価が異様に低いからに他ならない。

その理由は未だによく解らないのだが、

確かにこれほどの長いキャリアを誇るバンドにしては来日ツアーの回数も極端に少ない。

今回のマルコム・ヤング死去に関する国内の報道や反応を見ても評価の低さを再認識した。

僕がAC/DCを知ったのは中学生の時。

ちょうどアルバム "Back in Black" がリリースされた頃だった。

友達の兄貴が持っていたのを聴かせてもらったのを記憶している。

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1980年7月にリリースされた

『バック・イン・ブラック』は、全世界で5300万枚以上のセールスを記録、

1億枚以上売ったMJ『スリラー』は別格として、

"The Dark Side of the Moon" Pink Floyd

"The Greatest Hits" Eagles

等の大名盤と並ぶ「歴代最も売れたアルバム」トップ5にランクインしている。

分類上、ハードロックやメタルのバンドとして紹介されてしまうため無意識に遠ざけてしまっている人も多いのかもしれないが、

それは非常にもったいないことをしている。

最近はアクセル・ローズをヴォーカルに迎えたりしていたが、あれはあまりよろしくない。

全盛期のアクセルなら声質も含めてハマらなくもないかもしれないが。

(ただ、ガンズもAC/DCから多大なる影響を受けていることは明白で本人にとっては光栄なことだろうが)

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スクールジャケットに短パン姿、

足でリズムを取りながら、ヘッドバンギングしながら、

ギブソンSGをかき鳴らすリードギター

アンガス・ヤングに目を奪われがちだが、

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その真逆で地味なルックスで黙々とリフを刻むリズムギターに徹しているのが兄のマルコムヤングだ。

およそそのサウンドには不似合いに見えるグレッチのギターを抱えているのも面白い。

バンドの結成から数々のソングライティングまで、

重要な役割を果たしてきたマルコム。

マルコムこそAC/DCだった。

R.I.P.

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僕が所有する唯一の国内盤7インチがコレ。

カップリング曲もジャケットデザインも日本独自の企画。

海外のファンが一番欲しがるやつ。


よく考えたらいろんなところでサンプリングされたブレイクビーツでもある。


https://www.youtube.com/watch?v=dsVAOjVYQnY&feature=share


"Rock Hard" Beastie Boys


https://youtu.be/7rUbBZAsmH4


"Dope Beats" BDP









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by imag0020 | 2017-11-20 09:40 | My Favorite Things

鉄拳

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俳優であり元プロ野球選手でもあった、

橋本 力(ちから)さんが83歳で亡くなったというニュースが。

橋本力と聞いても誰やねんって人も多いだろうが、

個人的にあまりにも興味深い、特別な経歴を重ねた人物だったのだ。


まず、毎日オリオンズ(現在の千葉ロッテマリーンズの前身球団にあたる)の外野手として、今から半世紀前のパリーグでそこそこ活躍。

1957年にはレギュラーとして100試合以上に出場しており、

35勝、防御率1.37という驚異的な成績を挙げMVPを獲得した西鉄ライオンズの大エース稲尾和久らと対戦している。

しかし、その後は2軍生活も多くなり、

毎日オリオンズ球団の親会社が映画会社の

大映と合併し大毎オリオンズになったことから、

現代では考えられないことだが、

現役選手なのに野球関連の内容を扱った作品にアドバイザー兼選手役で出演させられている。

しかも、その撮影中にアクシデントで負傷してしまい、

そのまま現役を引退してしまうことになる。

その映画が実質的な俳優デビューとなり、俳優の道に転身した変わり種なのだ。


そして、橋本さんの当たり役となったのが、

1966年(昭和41年)に大映が製作・公開した日本映画の特撮時代劇

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『大魔神』シリーズ三部作への出演だ。

現在で言うスーツアクターなのだが、顔の部分は特殊メイクのみ。

あの血走った印象的な大魔神の眼力は橋本さんの眼そのものなのだ。

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その後はあの勝新太郎に可愛がられ

勝プロに所属し『座頭市』など様々な映画に出演、

その勝プロから派遣される形で出演した香港映画で世界中に存在を知られることになる


ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年)

(原題 精武門 英題 Fist of Fury)

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そう、ブルース・リー主演2作目の作品に、

日本人柔道場主 鈴木という悪役で出演したのだ。

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この時点ではリーの映画がまだ日本では公開されておらず、

何の予備知識もないまま派遣されたそうで、

台本も何もなく、ただただリーの敵役を演じたらしい。

そもそも橋本さんは日本で公開されるような作品になるとも思っていなかったんだとか。

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山勝ブルースリーカード裏面より

この映画を観たことある人は解るだろうが、

当時よく日本で公開できたなと思うほど、とにかく日本人は徹底的に悪者として描かれている。

(実際、日本公開版では一部のシーンがカットされている)

なにしろ映画専門誌『映画秘宝』が

「映画秘宝 オール・ジャンル・ランキング

どこの映画雑誌も手を出さない禁断の映画ランキング」

2011年2月号で発表しているのだが、

その中の「今こそ観たい反日アクション映画」

ランキングで『怒りの鉄拳』が堂々1位に選出されていたほどだ。

ちなみに、この雑誌の別冊ムックとして発売された

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この本は90年代リー再評価のキッカケを作った一冊だ。

『ブルース・リーと101匹ドラゴン大行進!』(1996年)に、

橋本さんのインタビューが掲載されていて、僕は初めてそんな日本人がいることを知った。

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封切りされると映画の内容云々など関係なく日本人もブルースリーに熱狂し、小学生の僕も夢中になった。

特にリーが日本人道場に殴り込み、大量のザコキャラを蹴散らした後の橋本さん演じる鈴木とのヌンチャク対日本刀の殺陣は見もので、

なぜか日本人がやられてるのに観てて痛快でもあった。

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かくして橋本さんはリーと作品で共演した非常に珍しい日本人俳優となったのだった。

しかも、後日談として、劇中で橋本さん演じる鈴木が、リー演じる陳真の飛び蹴りを受けて障子を突き破るシーンは、スタントマン時代のジャッキー・チェンが演じていたことも掲載されていて驚かされた。

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これが実はジャッキーチェンだという

Wikipediaによると「ハイスピードで撮影された難易度の高いスタントは初公開当時から予告編のラストカットに使われるなど本作の見せ場の一つとして扱い、スタントマンとしてのジャッキーの出世作となる。リーはこの若きスタントマンに最大級の賛辞を贈った」

つまり、無名時代のジャッキーは、橋本さんのスタントでチャンスを掴んだのだ。

橋本さんは期せずしてリーとジャッキーという二大カンフー・スターの重大な接点に関わっていたことになる。

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別の二大スター ジャッキー(ミットウ)とリー(ペリー)


ちなみにリーは座頭市の大ファンで、座頭市からインスパイアされた盲目の主人公の作品を撮る企画もしていたらしく、その辺りも勝新に日本人俳優をキャスティング依頼した理由になっているのかも。


野球選手として稲尾らと対戦し、役者として大魔神になり、

座頭市に斬られたり、

リーに蹴られたりと、

野球以外は自分から望んだことでもないのに誰にも真似できない数奇な人生を歩んだ橋本さん。

早々と80年代に俳優業を引退していたそうだが、もし続けていたら90年代のタランティーノ作品なんかにもお呼びがかかかっていたのではないだろうか?

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ご冥福をお祈りします






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by imag0020 | 2017-10-23 01:13 | My Favorite Things

終曲

何気なく置いてあるフライヤに目を奪われた。

phew 松山初LIVE!

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思わず二度見した。

エーーッ、マジで⁉︎

しかも、RICO SWEETSでライヴ?


僕は若い頃、日本のロックに対するちょっとしたコンプレックスを抱えていた。

小学生の時にプラスチックスを好きになり、

その後もシナロケ、モッズ、ルースターズ、RC、坂本龍一、

あとブラックキャッツとか。

いろいろ幅広く聴いてたつもりだったけど、

よく考えたら全部メジャーなレーベルからリリースされていたそれなりに知られたバンドばかり。

ちょっとロック好きなら当たり前のように聴いてたバンドだ。

海外のバンドに興味が移行して日本のバンドをどこか軽視するようになっていった部分も否めないけど、

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例えば、INU『メシ喰うな!』とか。

フリクションやリザードなどいわゆる東京ロッカーズ系も

周りに聴いてる奴もいなかったので当時は全く聴いてない。

高校生になると友達もメタル一色だったし

もう少し後になって出てくるインディーズ系とかも含めて、

もっと全然知らないバンドの聴いてないレコードが山ほどあることに気づいて後追いで片っ端から聴いていった。

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その中でやっと聴けたのがアーント・サリー。

正直、しまった!と思った。

こんなん聴かずに十代を過ごしてたんかと。

まー、最初のプレスは500枚限定だったそうなので、

そりゃ持ってる友達もいなかっただろう。

1979年リリースって言ったらスリッツの1stアルバム『CUT』と同じ年。X-RAYスペックスもその頃だし。

モチロン角度は異なるけど日本にもあったんだなと実感できるはず。

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翌年のphew名義になってからの

坂本龍一との『終曲(フィナーレ)』、

そして亡くなったばかりのホルガーシューカイ含むCAN

バックバンドに制作されたアルバム『phew』も、

その翌年リリースだ。

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ちょっと独特の世界観ではあるけど、

今なら入手困難とか関係なく聴く手段あるし、

興味がある人はちょっと覗いてみては。

いやー、まさかあそこでphewのライヴなんて、

ホント何があるか解らないもんだ。



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by imag0020 | 2017-09-11 14:19 | My Favorite Things

虚構

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"the owls are not what they seem"

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by imag0020 | 2017-09-08 04:34 | My Favorite Things

舟海

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Jah Wobble.Jaki Liebezeit, Holger Czukay
/ How Much Are They?
c/w Persian Love
(TRIO / 45rpm / 7" / JPN / )

僕がホルガーシューカイの名を知ったのはスネークマンショー
死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!』(1981年)
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に収録されていた『ペルシアン・ラヴ』という曲でした。

当時、日本ではサントリーウィスキー角瓶のCMに起用されていた。

いま想えばギャグやコントを目当てにスネークマンを聴いていただけの子供がリップ・リグ&パニックやホルガー・シューカイらの前衛的な音楽を無意識に刷り込まれていたのは恐ろしいことだが、とにかく最初は奇妙な曲だなと思いながら、ホルガーシューカイという名前を知った。

そして、史上最高にカッコいい曲
ニューヨーク伝説のクラブLOFTクラシック、
ジャーウォブル(P.I.L)、CANのドラマー、ジャッキーリーベツァイとの
How much are they?
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ジャケを見ても分かる通り、これもHONDAのスクーターのCMに使用されていた。

F1サーキットの現場に原チャリ2台という異様なロケーションがヤバイ。

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https://youtu.be/NlPl3WExyMs


このペルシアンラヴとのカップリング7インチは日本独自企画のもので、

両曲ともCMに使われていたことになるが、

当時のHONDAと広告代理店は他にもピックバッグやヘアカット100を使ってたし、攻めていた。

サントリーもウルトラヴォックスを使ってたし、

ポストパンク~ニューウェーヴのアーティストの楽曲がお茶の間に普通に流れていた時代。

この曲をかけてるDJは結構いるけど大体12インチだと思う。

そういう人にブースでこの日本盤シングルを見せると、

「初めて見た!」って写真撮って帰るし。

ホルガーシューカイの訃報を知り、

一番好きなこの曲を紹介させてもらいました。 


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by imag0020 | 2017-09-06 15:36 | My Favorite Things

浩志

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HIROSHI II HIROSHI
/ HIROSHI II HIROSHI VOL.1
3,456円(税込)
HMV Record Shop / JPN / LP(レコード) / HRLP082 / 2017年10月07日 発売予定


国産バレアリック・マスターピース('93)が
アナログ黒盤にて正規復刻!

藤原ヒロシ川辺ヒロシ(TOKYO NO.1 SOUL SET)のユニット"HIROSHI II HIROSHI"。
当時はビニールジャケット付ピクチャーディスクで流通した彼らのチルアウト~バレアリック古典作品(EP)で、
現在では中古市場で高価で取引される人気盤。

A1. H2O
A2. BEAUTY & BEAST+BAGEL (INST)
A3. PULSE OF CALM
B1. BEAUTY & BEAST+BAGEL (DUB)
B2. PULSE OF CALM (GUITAR)
B3. EASTWOOD RIDES AGAIN


とうとう、これも再発するんですね。
fileレコードからリリースされていた名盤。
藤原ヒロシ (浩) さん、
川辺ヒロシ (浩志) 君、
コメント書いてるのが荏開津広さん、
アートワークは永井博さんと、
徹底的に『ヒロシ』づくしにこだわった、
ヒロシによるヒロシの為の作品?
僕もヒロシ界の末端として愛聴してました。
この年にちょうどラジオを始めたこともあり、
全編インストのこのアルバムはとても重宝したな。
特に1曲目に収録されている『H2O』が好きで、
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僕の『Hottest Hits Lovers(2001年)のテープでも、
オープニングに使わせてもらったのですが、
その時に俊美さんが、
「おー、懐かしいね、コレ。小沢君がギター弾いてるもんねぇ」と。
「エー?そんなクレジットどこにも無いけど?」
ってビックリしたのを憶えてます。
確かソロデビュー直前という契約の関係でシークレット扱いになってたんですよね。
かなりのオザケンフリークでも、この作品まではチェックしてないんじゃないかな
(そんなことどこにも書いてないから知らなくて当然だが)

でも、なんで今さら明かすことにしたのか?
時効?
永井博さんのジャケも、当時は「あー、なるほどねぇ、よくそこを思いついたね」
って反応だったけど、
このシティポップ再評価の現在のシーンでは
もうドストライクですもんね。
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ただ、そのアートワークを生かすためか、
ピクチャー盤でリリースされていたので、
あまり音は良くなかったんですよね。
だから、今回のアナログ復刻は期待してます。
それにしても、こういう音が現代では
「バレアリック」って表現されるんですね。
あ、いま聴くと各楽曲の元ネタも解るな。
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93年当時のフライヤも持ってるのに見つからなかった

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by imag0020 | 2017-08-30 14:53 | My Favorite Things

制定

8月25日は松山フィッシュマンズ記念日

金曜興奮スタジアムGT01 (JOEU-FM)
1998年8月25日
フィッシュマンズ楽屋インタヴューより

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当時僕がインタビューを試みた記録の中で、
フィッシュマンズだけはどれだけ探しても
テープを見付けることができなかった。
局にマスターも残ってなければ、
誰かに渡したか僕の手元にも残っていない。
でも、どうにかもう一度聴いてみたいと
昔から僕の番組を聴いてくれていたヘヴィリスナーの人達にWANTを出していたら2年前
特に膨大なアーカイヴを持つY君が本当に探しだしてきてくれた。
なにしろ今から19年も前に放送したものを学生だったY君が自宅でエアチェックしたテープだ。
98年当時まだカセットやMDに録音するのが主流であり、
データ化したりCD-Rにコピーしたりなんてことは家庭では難しかったのでカセットのまま保管されていたのだ。
本当に感謝である。
このインタヴューが収録されたのは
1998年8月25日(*オンエアは8/28)
松山LIVE HOUSEサロンキティの楽屋にて、
ライヴアルバム『8月の現状』リリースツアーでのこと。
リハーサルおよびサウンドチェック終了後に収録は行われた。
アーティストによってはライヴ前のコンセントレーションを高める大事な時間であろう。
なぜこんな時にわざわざ楽屋でインタヴューなどやる必要があるのか…。
僕以上に彼らもそう思っていたことだろう。
実際、楽屋のソファに座って待ってくれていたベースの柏原さん、
ドラムの欣ちゃんと対称的に、
ヴォーカル、ギターの佐藤さんはなかなか楽屋に戻ってこない。
多分面倒だと思っていたのではないか。
実はこのインタヴュー収録が決まったのはライヴ前日のことで、
なぜ急遽決まったのか僕も理解していなかった。
言葉は悪いが彼らにとってはライヴアルバムの
告知宣伝になるかもっていうメリットしかない取材だ。
それに失礼ながら取材が好きそうな連中には見えなかったし。
なんとなく佐藤さんの心情を勝手に察して、
会うのが怖くなってきた。
(そもそも取材なんかなくてもウチの番組なら特集くらいやっていたことは間違いない)
楽屋という空間は関係者の出入りがあって只でさえ集中しにくいし、
雑音も拾ってしまうので個人的にもスタジオ以外での収録は苦手だった。
しかも彼らとは完全に初対面である。
インタヴューが上手くいくかどうか正直自信がなかった。
唯一の頼りはライヴアルバムに収録された
『ナイトクルージング』に客演したソウルセットのBIKKEと俊美さんの話が出来ることくらいだ。
(僕にフィッシュマンズを強力に薦めてくれたのも川辺君だったし)
とにかく渋々(に見えた)佐藤さんがやっと席に着いてくれてインタヴューが始まった…。
と、
ここまでしか当時の記憶は残っていない。
楽屋にHONZIさんも座ってたな、とか。
木暮さんはいなかったな、とか。
そんなことは覚えているが。
喋った内容は記憶から飛んでいた。
とにかくインタヴュアーとして未熟な僕の拙い進行に
欣ちゃんが気を遣って率先して喋ってくれたので、
なんとか10分程の尺が収録出来たのだった。
なので、こうやって、いざテープが発掘されてみると聴くのが怖い部分もあった。
けれども確かに19年前の今日、
僕はフィッシュマンズに会って、
素晴らしいライヴも体験することが出来た。
その記録としての貴重なテープであり、
内容は今更どうでも良かったのかもしれない。
だから聴いてみた感想はあえて書かないことにする。
フィッシュマンズはこのツアー全15本のライヴをこなしたが、
四国では松山のみの開催で、しかもこれが四国初上陸だった。
佐藤さんがいたフィッシュマンズの実質的なラストライヴとなった
98年12月27、28日の
『男達の別れ』
赤坂BLITZでのステージまで4ヶ月、
松山ライヴから数えて僅か20本ほど。
彼らのキャリア唯一の四国でのライヴであり、
僕にとっても最初で最後のライヴ体験だった。
モチロンそんなことになるとは想いもよらなかったが。
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フィッシュマンズ年表には
「松山サロンキティ フィッシュマンズ四国上陸。昔映画館だった建物でおもしろい作りだった。男の人がとても多かった」
と記されている。
「この日良かったんだよなぁ。」(茂木談)とも。
僕もこの日のライヴは本当に素晴らしかったと記憶している。
だからフィッシュマンズのライヴは最高のものしか知らない。
ステージ上で毒づいてた佐藤さんと
楽屋のソファに体育座りしてた佐藤さんを思い返し、
今日を僕の松山フィッシュマンズ記念日に制定することにした。



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フィッシュマンズにサイン色紙って
なんか似合わない 笑 珍品だわ。

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by imag0020 | 2017-08-25 14:33 | My Favorite Things

反応

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シーナ&ロケッツ松山ライヴ無事終了しました。
シナロケが前回松山に来たのは約30年前、
今はなきラフォーレミュージアムだったそうだ。
確かに当時はラフォーレでよくライヴやってたがシナロケも来てたのか。
全く記憶にない。当然行ってない。
知ってたら行ったと思うのだが。
サロンキティが23〜24年らしいので、
当時まだ存在していなかったことになる。

普段のクラブでのパーティやライヴと違って、
僕の周りでも世代によって反応が様々だったが、
いざ蓋を開けてみると意外に友人・知人が集まっていて、
僕がDJやってることを知らずに来た知人に驚かれたりした。
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今回ライヴ前のオープニングとライヴ終了後に
DJをやらせてもらったのだが、
長年の経験からライヴ目当てでライヴハウスに来た
お客さんをノセるのがいかに難しいか知っている。
ましてや、今回はライヴの告知が始まってから僕の出演が決まったので、
オープニングDJがいることを知らないお客さんも多く、
お客さん自身にその心構えが出来ていないというか。
通常はローカルのバンドが出てる場合が多いけど、
僕が好き勝手レコードをかけるという場を与えてもらった。
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ライヴ中、
「さっきMr.DJがコステロのPump it upかけとったね」
って鮎川さんがMCで触れてくれて、
シナロケがエルヴィスコステロ
オープニングアクトでデビューした話に繋がっていったところは個人的にグッときました。
鮎川さんが聴いてることを意識して、
普段はほとんどかけたことのない
Dr.フィールグッドなんかもかけてみたり。
終わってから「さっきは名前が出てこなくて
ちゃんと紹介できなくてゴメンやったねー」
って。
ホント恐縮しました。
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ユー・メイ・ドリーム』を歌う時、
鮎川さんが、この曲とシーナへの想いを語っていて、
多くのお客さんが感動した場面だったと言っていた。
いやー、本当に良いライヴだったな。
例えばサディスティックミカバンドみたいに
新しくヴォーカルを迎えてシナロケをやるって
選択肢は鮎川さんには無いだろう。
不器用でも鮎川さんが歌う姿にロックを感じた。
「あの年齢で」なんて前置きは必要ないが、
一切ゴマカシ無し(ギターのエフェクターすら無かったと思う)のスリーピースバンドで、
ガンガンに弾いて叩きまくって。
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常に鮎川さんと行動を共にする味の出まくったレスポール

「四国八十八ヶ所ならぬ四国四ヶ所ツアーやけど」
って名言を残してシナロケのツアーは続く。
貴方の街にも来たら絶対に観た方がいい。
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「なんで真空パックとユーメイドリームはジャケット2種類あるんですか?」と質問中
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ボブグルーエンの写真集より RICO SWEETS所蔵

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by imag0020 | 2017-08-20 10:16 | My Favorite Things

刊行

いよいよ今週金曜日!

シーナ&ロケッツ
鮎川誠 生誕69年アニバーサリー!
47 ROKKET RIDE TOUR 2017
@ LIVE HOUSE SALON KITTY MATSUYAMA

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2017年8月18日(金)
Open 19:00
Opening DJ カマタヒロシ


普段はあまり選曲に悩んだりしないのですが
今回は流石にいろいろ考えますね。
オープニングの限られた時間の中でどれだけ表現できるか。
先日、フジテレビ『MUSIC FAIR』で、
『天国からのおくりもの』って企画があり、
その中でシーナ&ロケッツ『ユー・メイ・ドリーム』1979年の映像も出てきてビックリ。
偶然観れたのも感動したけど、
とにかくカッコ良すぎてクラッとしました。
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あと、知人が先日出版された
写真家ボブ・グルーエンの写真集
ROCK SCENE』の日本刊行版を買ってきてて、
見せてもらったら、ピストルズ、クラッシュ、パティスミス等の彼の写真でお馴染みのアーティストと共に
シーナ&ロケッツも日本代表で登場していて、
そのカッコ良さにまたもクラッとしたり。
僕は子供の頃に影響受けた日本のロックバンドのライヴは一通り観てるつもりだけど、
シーナ&ロケッツは当時観れなかったから、
初めて観るライヴにこんな関わり方するとは思いもよらなかった。
是非皆さんも!

チケットは僕にご連絡いただければ対応いたします。

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by imag0020 | 2017-08-14 11:32 | My Favorite Things

黒縁

シーナ&ロケッツ
鮎川誠 生誕69年アニバーサリー!
47 ROKKET RIDE TOUR 2017
@ LIVE HOUSE SALON KITTY MATSUYAMA


8月18日(金) 松山サロンキティ

DJ カマタヒロシ
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鮎川誠 生誕69年×音楽生活50周年記念!
シーナ&ロケッツ47都道府県・四国ツアー
(松山・高知・高松・徳島)が決定!

『1978年の初ステージ以来、
今日まで一切のブランクがなく
活動し続け、今年39周年を迎える。
日本のロックシーンで抜群の信頼感、
存在感を誇るシーナ&ロケッツ。
鮎川が69歳になる今もまったく衰えることはない。
2015年2月14日シーナが急逝するも、
シーナのロックンロールハートを胸に抱いて鮎川誠は走り続ける。
現在、鮎川がヴォーカル・ギターを担い、
シーナ&ロケッツ47都道府県横断ツアーを展開中。』

と、言うわけで、緊急決定
8月18日の松山ライヴにて、
オープニングDJをやらせてもらうことになりました!

いやー、まさかです。
ライヴ会場でのDJも数えきれないほどやってきましたが、
やはり同世代のアーティストやバンドの現場ばかりでした。
でも、今回はまさかのレジェンド!
僕がシーナ&ロケッツ(以下シナロケ)を初めて聴いたのは、
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スネークマンショー』(1981年)の
アルバムに収録されていた
レモンティー』だとばかり思っていた。
僕と年齢の近い人はスネークマンショーで
シナロケを知った人は多いのではないだろうか?
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でも『ユー・メイ・ドリーム』(1979年)の方が先でしたね。
ただ、子供だったのでヒットシングルとして曲を認識していただけかもしれない。
当然、サンハウスの存在も知らなかったので、
僕の中でシナロケはめんたいロックの系譜ではなく、
YMOファミリーと捉えていたな。
アルファレコードからリリースしていたし。
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↑僕はこっちのジャケ派
ユー・メイ・ドリーム』は言うまでもなくクラシックですが、
DJとしてはシングルB面の『Lazy Crazy Blues』も
ニューウェーヴダブみたいで最高にカッコいい。
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あと『スイート・インスピレーション』は、
世界中に数ある
"You Can't Hurry Love"
ビート使いの中でも屈指の名曲だと思う。
鮎川さんとシーナさんって、
お二人とも日本人離れした反則ルックスというか、
この人たちがバンドやらないと嘘だろうって感じ。
今でこそサングラスじゃなく
眼鏡かけてるロッカーなんて幾らでもいるけど、
やはりバディ・ホリーエルヴイス・コステロ鮎川誠
僕の中で3大黒縁メガネロッカーですよ。
そういえば、ストーンズの初来日の時に東京ドームで、
どんな客が観に来てるんやろ?
ってスタンド席から眺めてたら、
一際カッコいい人がいて、
よく見たらそれが鮎川さんだったことあったな。
居るべき人がホントにそこにいて嬉しかった。

今回、松山の会場のお客さんがDJを受け入れてくれるのか
不安な部分もありますが、
僕なりのロックでオープニングアクトを務めたいと思ってます。
そもそもオーディエンスより
鮎川さんを意識して選曲するけど(笑)
(多分)47都道府県ツアーの中でオープニングDJが入るのは松山だけ!
こんな機会もなかなか無いので是非みんな集まってほしいです。
チケットもお問い合わせください。


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by imag0020 | 2017-07-26 18:29 | My Favorite Things
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DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


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