アイマグブログ― カマタヒロシ 

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大阪

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TH TH
-clubStomp 10th Anniversary special-
@大阪・東心斎橋clubStomp


11/2(火曜日・祝前日)

23:00-5:00

adm/2000yen 1d


DJ
藤井悟 a.k.a. SATOL.F
(CARIBBEAN DANDY)
DJ TUTTLE a.k.a. Marginalman
(MARGINAL RECORDS)
KAMATA HIROSHI
(EARTHBEAT)

-food-
aroa


DJは3人のみ、キッチリ2時間ずつのセットになるそう。
これに来ないなんて、どうかしてるぜ!
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by imag0020 | 2010-10-30 15:35 | インフォメーション

整列

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レコードコレクターズ誌増刊
『日本のロック/フォーク アルバムベスト100 1960-1989』

タイトル通り、日本のロックアルバムを対象としたランキング。

「読者が選ぶベスト100」

「評論家が選ぶベスト100」

「年代別ベスト100」

の3つの項目に分けて掲載されている。

この企画に僕が共感したのは、80年代で区切っている点だ。
RCサクセションは90年に活動を休止したのだが、
ちょうどその頃から僕自身も日本の音楽に対する興味と関心が、
それまでの日本のロックとは異なる、新たな価値観を持って登場してきた自分と
同世代のアーティスト達に移行してきたからだ。
ソウルセットもスチャダラも90年デビューで、
今年20周年を迎えたことは何度も紹介したが、
後に渋谷系などと括られることになるアーティストの多くがこの頃を境に世に出ている。
日本のロックに対するスタンスが大きく変化していった
90年代についてはいずれ考察したいが、そういった意味でも、
この年代で区切っていることに共感したのだ。

それにしても、読む前から容易に想像出来ることだが、
この手の企画で海外のロックのランキングを付けると、
『アビーロード』が1位で、あとはビートルズと、4人それぞれの作品が
大挙してチャートインしてくるのが慣例化しているが、
日本のロックでも、これと似たような現象が起きる。
まるで日本のロックには、「はっぴいえんど」と、そこから派生したソロや関連
人脈しか存在していないかの如く、多数の作品がランキングに登場している。
はっぴいえんどの系譜とは、つまり細野晴臣~YMOと大瀧詠一に枝分かれ、
シュガーベイブやナイアガラトライアングルの流れから山下達郎や佐野元春、
といった人達。
ミカバンドだって、高橋幸宏が在籍していた訳だし、評論家が選ぶ9位に入って
いる高田渡ソロでもバックをはっぴいえんどが務めている。
そう考えたら、読者ベスト10、評論家ベスト10を併せても、全く無関係だと思え
るのはジャックスくらいじゃないか。
清志郎だって、後に細野や坂本龍一とユニットを組んでいる訳だし。

僕が彼らの存在を知ったのはYMO以降だから、
それこそティン・パン・アレーだ、はっぴいえんどだ、細野『泰安洋行』だ、
なんてものは全然リアルタイムでは聴いていないし、
それらの素晴らしさを知るのは随分後になってからだ。
僕が体験したのは、
細野より坂本龍一の方が偉くなってきた時代。
大瀧『ロンバケ』がバカ売れしていた時代。
『スネークマン・ショー』をみんなして聴いてた時代だ。
だから、ロックって言われると、RCやモッズの方がリアルに感じられたし、
YMOとは正反対の非ミュージシャン的なバンド、例えばプラスチックスや
ブラックキャッツといったチープだけどファッションやサブカルチャーに繋がるような
存在に夢中になった。
(後のMELONやTINY PANXらヒップホップの人たちにも繋がる)

あと、不思議なことに現代では日本のロックの代表格である矢沢やサザンも
軽視される傾向にある。
読者、評論家ともに50位以内に入ってるのは、読者の方で30位以降に
サザンが2枚とキャロル1枚、評論家の方ではキャロルが辛うじて29位にいるが、
サザンはファーストが67位に入っているのみ。
矢沢のソロなんてどこにも見当たらないのだ。
僕も矢沢や桑田の熱心なファンではないし、売れているもの全てを毛嫌いしてい
た時期もあったけど、ちゃんと存在を認めているし、好きな曲もいっぱいある。
実際、当時のはっぴぃえんどのセールスなんて彼らの足下にも及ばないだろうし、
多くの人にとっては後追い評価だったはずだ。
かなり偏ったランキングであることは間違いないだろう。

そういえば、HR/HM系バンド、ラウドネスやアースシェイカー、44マグナム、
ヴァウワウなんかも完全無視、一切関知しないスタンスだ。
なぜかこういったバンドに対する偏見は当時からずっとあるような気がする。
むしろ、海外の方が正当な評価をしていたと思う。
ま、他にもストリートスライダーズとか、入ってて然るべきバンドはいっぱいいるので、
いちいち突っ込んでもキリがないけど、松田聖子が読者の97位に入ってるのを
見ると、また不満が。
東京ロッカーズ系も少ないな。

あと、一つ思い出したのは中学生の頃、『ロッキンf』とかの音楽誌で
70年代の日本のロック特集を見てると
『村八分』、『四人囃子』、『外道』、『頭脳警察』、『紫』とか漢字のバンド名が
いっぱい紹介されていて、なんか怖いなー、暗そうだなーって感じたこと。
聴いてもいないのにトラウマになった。

必見は、以前このブログでも触れたことがある、とんでもない音楽趣味を持つ
女優 成海璃子のベスト10掲載だ。
これは凄い。
なんと92年生まれ!の彼女が選んだ10枚のアルバム、
僕が聴いたことあるのは半分しかなかった。
本文でも「ローザルクセンブルグのファーストって、どこで買えるんですか?」
って(笑)
ますます彼女の遍歴に興味を持った。

僕もランキング書こうと思ったけど長くなったのでやめます。
カッコイイのもカッコ悪いのもイッパイ聴いてきたけど、
今でも手元に残ってるのは、こんなレコードたち。
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やはりロックの美学はメンバー全員整列だなと。
クラッシュやスペシャルズのファーストも整列してるしな。

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by imag0020 | 2010-10-30 15:21 | My Favorite Things

希望

話は今月頭にまで遡るが、僕らにとって今年最大の関心事の一つとなった、
マヌチャオ来日ツアーについて書いたリポート(長文)を
アップしていなかったのでここに掲載する

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マヌチャオ8年ぶりの来日発表は、ツアーの約1ヶ月前だった。
繰り広げられるであろうチケット争奪戦の難関を勝ち抜けるのか?
という心配があったが、一番の不安は、発表されたツアーのバンド名が、

Manu Chao La Ventura


という見慣れない表記になっていたことだった。
2002年のフジロック出演時には見られた、
僕らがマヌチャオに一発で心を奪われるきっかけとなったライヴDVDでのフルバンド編成
Manu Chao Radio Bemba Sound System (以下、RBSS)
ではなく、どうやらスリーピースのシンプルな編成らしい。
「もしかしたら、アコースティックで演奏する簡易的なユニットのようなもの
かもしれない、それではマヌの魅力が半減するのではないか?」
大多数のファンが同様の意見だった。
が、それでもマヌがやって来る事に変わりない。
みんなマヌを一目見たいのだ。
僕は大阪の友人に誘ってもらったので、迷わず大阪公演を選択、
やはり周りの人たちも大阪に見に行くという人が多かった。
そして、ほとんどの人が意外なほどにあっさりとチケットが穫れたことに驚いていた。
どうやら、東京公演のみが、チケット発売後数十分で完売したらしく、
焦ったファンがチケットを求めてネット上に書き込み、
その事が更に出遅れたファンの感情を煽っていた。
程なくして、ヤフオクなどでチケットが高額取り引きされるという、
人気ライヴによく見られる光景が展開されていた。
ただ、そうやって時折目にする書き込みも、大阪や名古屋のチケットを求める声は
ほとんどなくて、どうやらそれほど売れていないらしい、と噂になっていた。
直前のソウルセット20周年ライヴの楽屋でも、「大阪売れてないらしいよ」とか
「友達がまだ普通にチケット買えた上に整理番号が100番だったから、100枚しか
売れてないんじゃないすか」などと話す人もいた。
まさか本当に100枚しか売れていないとしたら、
その内2割くらいは愛媛県人じゃないか?と思った。
それくらい僕の周りは熱くなっていた。
マヌに対する認識に一般的な音楽好きと僕らの間では
かなりの温度差があることを知り、
普段数万人規模の会場でしか見られないマヌのパフォーマンスを
100人程度の観客で独占できるのであれば、それはそれで凄いことだとも思った。

いよいよ大阪公演当日、前日の東京公演を体験した友人から、
最高だったとの感想が、
そしてマヌはステージ(向かって)左側に立つからそっちが狙い目との情報を貰い、
否が応でも気分が上がる。
直前まで予習として見ていたライヴDVDでは、
観客の多くが赤いバンダナのようなものを身に付けていることに気付き、
ライヴ前に大阪の友人と赤いバンダナを探しに行くことにした。
会場である心斎橋クアトロはパルコ内にあり、同じビルにはLOFTも入っている。
無地のバンダナくらい簡単に見付かると思ったが、意外に扱っていない。
いくらなんでも大阪の中心部、バンダナくらいその辺に売ってるはずだと探しても、
なかなか見つからない。
開場まで時間が迫っていたが、どうしてもそこにこだわりたくて、
ハンズまで行っても見つからず、仕方なく赤いタオルを購入。
3人で赤いタオルを首に巻いた姿は猪木祭りの観客と同じであった。

クアトロに入ると、唯一のツアーTシャツが既に完売していた。
多分、前日の東京公演でほとんど売れてしまったのだろう、
大阪に並んだ枚数はかなり少なかったと思われる。
会場で会った知り合いも誰も買えた人がいなかった。
マヌの作品はCD、ポスターなど統一されたイメージでデザインされていて
秀逸なので、Tシャツもゲットしたいところだったが。

予想を覆し、会場にはたくさんの観客が集まっていた。
やはり外国人も多い。
東京で見れなかったからと、わざわざ大阪まで来ていた人もいた。
ライヴ前の会場を大阪DJ陣が温め、ついにバンドが姿を現した。
マヌ自身が大阪に来たのは、なんとマノネグラ時代以来18年ぶり、
そして同じくマノネグラから行動を共にするドラムのガルバンシート、
そしてスパニッシュギターを抱えたマジッドの3人である。
共にRBSSのメンバーであり、DVDでも見慣れた顔だ。
スキンヘッドで強面のベーシスト、Gambeatや、初期に参加していたトランペッタ
ーRoy Paciがいないのは残念だが、それもマヌが登場した瞬間に忘れた。

マヌはステージに上がってすぐ着ていたシャツを脱ぎ捨て、
上半身裸でギターのストラップをかける。
そこからの2時間はあっという間だった。
普通のロックバンドのライヴの様に、
一曲終わる度に「サンキュー」などと言わない。
延々と終わらないDJのロングミックスを聴いているような、
一つのリディムの流れの中でマヌの様々な旋律が飛び出し、
それに呼応するかのように、みんなで歌い、踊り、飛び跳ねた。
名曲[Clandestino]も大合唱だった。
[Rumba De Barcelona]も[Casa Babylon]も、あれもこれも、
憶えのあるフレーズが聴こえてくると身体が反応してしまう。
とてもじゃないけど僕は体力が持たないと感じてエスケープして
ビールを買いに行ったりした。
マヌの発しているメッセージをどの程度理解しているかと言われたら
自信はないが、一部ネット上の書き込みには、
マヌが沖縄の米軍基地問題について言及していた
などという話もあったようだ。
でもここでは余計な事を考えないで"DANZA"することが一番だと思った。
トリオ編成のライヴだから物足りないのではないか?
なんて予想は軽く裏切られ、圧倒的にパワフルで攻撃的なライヴだった。
マイクで心臓のビートを刻む姿も重みがあった。
そして、ライヴが終わったらマヌに逢ってみたいと強く思った。
もちろん、逢いたいと言って逢えるような相手ではない。
特に何かしらのコネがあった訳でもない。
けれど、マヌはジョーストラマーと同じようにファンを大切にする人だという
勝手な思い込みを掲げ、僕はマヌを待つことにした。

終演後、知人のDJ達と感想を言い合いながら、
退場を促す会場関係者の言葉を聞こえないフリをして、ひたすら粘る。
しかし、オールエリア・パスを持たない僕らはやはり退出しなければならなくな
ってしまった。
あの手この手で楽屋に行こうとする外国人もいた。
僕は心斎橋クアトロには昔からソウルセットやスカフレイムスのライヴで何度も
来ていて、楽屋からの通用口や機材搬出口も把握していたので、
一旦外へ出ることにした。
ただ、正直逢えたとしてもスペイン語が話せる訳でもないので、
なんとか英語でコミュニケーションを試みる他はない。
やっぱりミーハー心もあって、レコードにサインを貰いたいが、

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持参した[ESPERANZA(エスペランサ)]のアナログ盤は車に乗せたままだった。
もし、駐車場に取りに帰ってる間にマヌが動いたら終わりだ。
それでも昨年リリースされたCDはバッグに入れていたし、同行した友人はこうい
うこともあろうかと予測していたらしく、ちゃんとマジックを用意していた。
意外にもあれほど盛り上がったライヴなのに、特に出待ちなどをしている人もい
ないようなので、これはシメたと思った。

「待つこと(エスペラール)と希望(エスペランサ)はつながっている」
とは、映画『おばさんたちの案内する未来の世界』に出てきた言葉だが、
まさにそんな心境だった。


はっきり言って、関係者には迷惑な話で、こんなことは決して褒められた行為で
はない、僕も肯定はしないが、それでもどうしても逢いたいと思ったのだから、
その気持ちに従うことにした。
マヌの住むバルセロナまでは簡単に行けないが、いまマヌはここにいる。
チャンスは逃してはいけない、と。

そして、その時は来た。
マヌとバンドのメンバー、クルー一行が一斉に現れた。
その瞬間、何かに突き動かされるようにマヌの前に行き、
CDを差し出しながら、話しかけてみる。
予想していない事態だったのか、一瞬通訳兼ボディーガードのような人に、
「敷地外に出なさい」というようなことを言われたが、マヌはにこやかにそれを
制止し、僕に何度もハグしながら「グラシアス、グラシアス」と言ってくれた。

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↑中川家礼二も一緒に(ウソ)

てっきり出口に停めてあったワゴン車で移動するものとばかり思ったら、
マヌは僕らにずっと手を振りながら歩いて帰っていった。
意外なほどに小柄な人だったけど、とても大きいオーラを感じた。
もう、それが何分間の出来事だったのかもよく解らないが、
その場にいた僕ら数名は完璧に心奪われて高揚していた。
残念ながらギターのマジッドにはサインを貰い損ねてしまったが、
欲張ってはいけない。
とにかく逢ってみたいという願いは叶ったのだ。
ライヴに行く前にはこんな結末など到底予測していなかったが、
僕にとってはとても忘れることのできない1日となった。


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世界の音楽情報誌『ラティーナ』最新号に貴重なインタビューが掲載されている。

「僕はアンチ●●という言い方はネガティヴだし好きではない。
アンチ・アメリカ政府だけど、アンチ・アメリカではない。」




ツアー詳細は下記のサイトで見れる
http://www.smashingmag.com/jp/tag/a_manu_chao
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by imag0020 | 2010-10-26 20:47 | 大地の音紀行外伝

大分

久しぶりの[Hottest Neo Classics]で大分へ。

翌日大分市でオンラインストアBIg Division Recordsを営む
竹林さんの事務所にお邪魔させてもらった。
マンションの一室に押しかけて買い付けてきたばかりの
ヴァイナルが入ったクレイツを次々と正座してディグしていく。
オールドスクール~ミドルのヒップホップクラシックから
ブレイクネタ、レア・グルーヴ、ソウル、ファンク、O.S.T.まで、
LP,12",45がわんさか。
コレ、昔だったら有り金全部はたいて帰るだろうなって感じの
永遠の定番や超レア盤がイッパイあった。
なかなか地方でこれだけの品揃えは見れないかな。
盤も知識もしっかりしていて信頼できるお店。
ヒップホップにもハンパなく詳しいクボタタケシと3人で、
他人が聞いたら、頭おかしいと思われるようなマニアックすぎる
トークで盛り上がってました。
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↑空腹でも本気モードで攻めるクボタ

ターンテーブル前には

BDP[Criminal Minded]のB-BOY RECORDSオリジナルポスターが!
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このクラシック

そして、壁にはめっちゃ存在感あるクロックが!
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巨大

Eric B. & Rakim – As The Rhyme Goes On (1987)
UK盤12インチのジャケに登場する金ピカのあれを誰かが作ったらしい。

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ちなみにコレ

僕もクボタも思わず興奮し、「売ってほしい!」
と、ねだるが、モチロン丁寧に断られました。
そりゃ、そうだ。
これほどヒップホップに愛情持ってる人が手放す訳ないか。
あれ、ショップだったらみんな見れるのにな。

その後は、移転した
CUT UP Skate & Musicへ、
ここでは、こんなスケートデッキが!
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そう、ずっと前にココに書いたことのあるP.I.L.[album]
モチーフにしたT-19のデッキ。
そうか、みんな考えることは一緒か。


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あ、このムックにクボタもソウルセットも出てるみたいです。
まだ見てないんであれですけど。
書店に行っても付録が分厚すぎて輪ゴムで留めてあるんで。
買えよってね。
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by imag0020 | 2010-10-25 22:22 | My Favorite Things

追悼

こういう場に自分が影響を受けた存在について書く場合、
それはその(例えば)アーティストに何らかのアクションがあった時である。
作品のリリースだったり、ツアー開始だったり、再結成だったり、解散だったり。
しかし、それが「死」について書かねばならなくなった時、
自分がその存在からいかに影響を受けたかなんて事をスラスラ書いていると、
時として自分に酔っているような気分になり、自己嫌悪に陥る。
しかし、彼女に関してはあまりにも特別な存在ゆえ、
その偉大さについて触れておきたい。


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アリ・アップこと、アリアナ・フォスターが亡くなった。
享年48歳。

1976年、ロンドンに吹き荒れたパンクロックムーヴメントに14歳の若さで
参加表明し、ガールズパンクバンドThe Slitsを結成した。
当時の映像を見ると、それは驚くほど稚拙な演奏で、リズムもドタバタ、
アリのヴォーカルも決して上手いとは言えない、
ただただ好奇心と初期衝動のみで結成したようなバンドだった。
しかし、発しているエネルギーはただ事ではない何かを感じさせてくれた。
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プリミティヴなジャケで知られるデビューアルバム[CUT](79)は
英国レゲエの鬼才デニス・ボーヴェルがプロデュースした、
パンクとレゲエが見事に融合した名盤だ。

80年代に入ると、よりレゲエ・ダブ色の強いミュータント・レゲエ・プロジェクト
New Age Steppersに参加、ポストパンクの重要な存在となり、それはその後の
スミス&マイティ~マッシヴアタックらブリストルシーン誕生への源流となる。
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↑NWS 1st. このアートワークもどんだけ影響受けたか

アリのレゲエへの取り組み方は大胆で、
クラッシュのような連帯感を叫ぶものでも、
ポリスのように計算された採り入れ方でもなく、
もっと本能的にジャマイカへの憧れを表現しているようだった。
スリッツは、ピストルズやクラッシュを目の当たりにした衝撃に突き動かされ
バンドを始めた訳だが、もしそれがサウンドシステムでビッグユースや
タッパズーキーを見ていたなら、バンドなんてまどろっこしい真似は止めて、
最初からアリはマイクを握ってシングジェイしていたのかもしれない。
そう想わせるほど、アリのレゲエへの傾倒は際立っており、
それはアリが表舞台から姿を消した後も生涯に渡って続いていた。

アリの出生はドイツであり、ポストパンクでの自身の役割を終えると
育った英国に執着することもなく、ニューヨークに渡り、
ラスタファリアンのジャマイカ人と結婚し、一児の母となる。
ニューヨーク~キングストンを行ったり来たりして、
本場のダンスホールに入れ込んでいたようだ。

2000年代に入ると、アリは、自身のバンドThe True Warriorsを率いて、
突如としてシーンに帰ってきた。
ポストパンク、ニューウェーヴ、ダブ再評価の中で
パンキーレゲエクイーン復活のニュースは話題となり、
スリッツ、ニュー・エイジ・ステッパーズの作品も国内盤で復刻された。
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ほどなくして、アリアップ名義でのアルバムがリリースされ、
スリッツ当時ですら実現していない初来日を果たす。
セレクターを伴ったクラブでのパフォーマンスのみという、小規模なものだったが、
伝説の存在のインパクトは期待を上回るものだったようだ。
復活ライヴの反応に手応えを感じたのか、アリの活動は一気に慌ただしくなり、
日本のレベル・ファミリアなど、ゲストとしていくつかのアーティストの作品に参加したり、
ニューエイジステッパーズ新作の噂やスリッツ再結成といった情報まで聞こえてくるようになる。

そして、それは本当に実現した。
スリッツはオリジナルメンバーでの復活を発表し、ニューアルバムをリリース、
ニューエイジステッパーズのプロデューサーでもあった、UKダブ・シーン屈指の
エンジニア、On-Uサウンド総帥エイドリアン・シャーウッドとともに最高の形で
来日ライヴを行ったのだ。
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初期スリッツよりも更にヘヴィなサウンドを披露し、従来の再結成バンドとは
明らかに一線を画した現在進行形のスリッツだった。
先述の通り、アリは十代でデビューしているため、再結成時でもまだ四十代と、
オリジナルパンクの中でも圧倒的に年齢も若く、
更なる今後の活動が期待できるものであった。

ここ数年はまたアリの情報が途絶えていたのだが、
まさかあの現役バリバリのダンスホールギャルみたいな風貌のアリが逝ってしまうとは。
スリッツ当時から伸ばし続けていたトレードマークのドレッドヘアは踝にまで届いており、
人は彼女をメドゥーサと呼んだ。
意外と知られていない事実だが、彼女の母親であるノラ・フォスターは
パンクロックのアイコンであるピストルズ、PILのジョン・ライドンと再婚しており、
現在もその関係は続いている。
ピストルズに憧れてパンクロックを始めたのに、その追っかけていた対象である
ライドンがある日を境に自分の義理の父親となる数奇な運命。
フェミニズムにも、音楽のルールにもとらわれることなく、自分達のやりたいように
表現したアリの生き様そのものがパンクロックの革命を象徴していた。
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EARTHBEAT
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Typical Girlsという名前も
スリッツの曲名からサンプリングしたものだ。
なぜ、スリッツだったのか、ここで説明は省略するが、
そこには僕なりの「夢の続き」に対する想いが込められていた。
ジョー・ストラマー同様、僕のアイドルがまた
一度も逢えることなくいなくなってしまった。
とても悲しい。

R.I.P. ARI UP

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ポストパンクのスローガンでもある名タイトル「はじめにリズムありき」
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NWSで1番大好きな曲





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来週のラジオでトリビュートやります。
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by imag0020 | 2010-10-22 19:41 | 大地の音紀行外伝

豊島

クレセラヴォス終了しました。
今年は瀬戸内国際芸術祭に沸く瀬戸内海の島々の一つ、
豊嶋にて開催されました。
「沸く」と表現しましたが、正直自分が実際に訪れてみるまでは、
あまり理解していなかったんです、その沸き具合を。
書店でガイドブックや、それっぽい雑誌の特集などをパラパラと
見たことはあったけど、直島にある大竹伸朗さんが手がけた銭湯を見てみたいなって
くらいの興味で、実際に足を運ぶまではいかなかった。
今回はそういった意味でも良い機会となりました。

事前にスタッフや出演者用にチャーターしたフェリーに乗るように
指定されていたにもかかわらず、それに乗り遅れてしまったため、
急遽別便で豊嶋に向かうことになったのですが、
高松港に着いたらこれがもう我々の想像を上回る長蛇の列。
すぐ乗れそうな便が全くない。
このままでは会場入りできない。
多少レジャー気分で松山を出たのですが、
一瞬にしてそれは焦燥感に変わりました。

結局、子供の頃『ワールドプロレスリング』のテレビ中継で必ずCMが流れていた
宇高国道フェリーに乗って、岡山県の宇野港に1時間かけて向かうことに。
「瀬戸の旅の思い出はー、ありがとうの言葉ー。宇高国道フェリー♪」
と、一緒にに行った仲間は誰も知らないであろうCMソングを
心の中で口ずさみながら乗ってられるくらいガラ空きでよかった。

そして、今度は宇野港で豊嶋行きフェリーに乗り換えるのですが、
こちらはもうビッシリ満席状態。
僕のように30キロ超のレコードが入ったカートを転がして移動する人には、
それを担いでフェリーのタラップを上り下りするのはホント大変なんです。
仲間の助けがあったので難なくこなせたけど、
フェリー乗り継ぎなんて初めての体験でした。
DJ稼業もそれなりに過酷なんです。

香川県に区分される豊嶋に行くために岡山県の宇野港を経由するという
変則移動を経て無事到着。
朝6時過ぎに松山を出て、豊嶋入りしたのが、昼12時過ぎ。
なんと6時間もかかってます。
大遅刻したにもかかわらず、
常磐通信社の方にピックアップしてもらい港から会場へ。
途中、当日開館日を迎えた豊嶋美術館の行列を横目に絶景にテンション上がる。
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唐櫃公堂という、島の公民館みたいな建物が本日の会場。
小学校の時の大三島少年自然の家を思い出した。
リハも打ち合わせも参加しないまま、ほとんど飛び入りのような感じでDJ。
スタッフさんは笑顔で迎えてくれましたが、この何もない場所に予めありと
あらゆる状況を想定して準備していくのは大変だっただろうなと実感。
例えば、ギターの弦が切れました、ストックがありません、
ケーブルが足りません、カートリッジが破損しましたってなっても
島内にはそれらを調達できるお店なんてありません。
野外ではないので、天候によるリスクが少ないというのが唯一安心なくらいで。
しかも入場無料ですからね、スポンサーもいないし、せいぜい会場で販売してる
コロッケやサンドイッチくらいしか収益も無いんです。
けど、ガンガン攻めてる。

愛媛県内外から顔見知りのお客さんも来てくれていて、みんなが同じように海を
渡ってきてるんだなと思うと不思議な連帯感も芽生えたり。
ここのブログでも告知させてもらいましたが、こんなの興味も関心も持たなければ
そこで終わりですよ。
僕だって関係してなければスルーしているかもしれないけど、
なんだか聞いたことないバンドだなぁとか、なんでそんな不便なところでやるのかな?
でも何でもいいんです。
無関心な人がホント多い中、実際に豊嶋まで来た人の関心や興味に応えられる
内容にしていかなければいけない、とも思いました。

芸術祭を目当てに島を訪れて偶然ライヴを知って立ち止まる人、
近所のおばちゃんをはじめとする島民の方と一緒に演奏を楽しむというコンセプトは最高。
フガシティのトークと歌声もエリバクの鍵盤とギターもピーチ氏のパーカッションもイッチーさんの
トロンボーンの音色も最高に良かった。
トリを務めた俊美さんのセッションは本気で鳥肌もので、
THE ZOOT 16のアコースティックセットにまた一つ新たな可能性を感じました。
そして、何より素晴らしかったのはEKDのライヴ。
間違いなくこの日のベストアクトでしたね。
もう彼に関しては、友達とか後輩とかそういう事は一切関係なく、
いま一番見て欲しいアーティストの一人でしょう。
既に貫禄すら感じました。

今回で3回目を数えたクレセラヴォスですが、
ベストな内容だったとスタッフも語っていました。
僕も同感です。
あとは、どうやってこのフェスの意義や出演してくれたアーティストの魅力を
伝えていくかってことだけだと思いました。

肝心の豊嶋巡りは一切できなかったんですけど、個人的には芸術祭が終わって、
もう少し落ち着いた状況の時に来てみたいなと。
この過熱ぶり、島に暮らす人たちの本当の心情はどうなんでしょうか?
いろんなことを考えてしまいました。
(前日には、それらを考えるフォーラムもあったみたいです)

帰りの港も大行列でフェリーに乗れるかどうか不安でしたが、
なんとか無事乗船。
スタッフの皆さん、撤収作業ご苦労さまでした。



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完全逆様な世界に敢然と立ち向かうフェスの精神的支柱トシミ兄さんも大絶賛(予定)
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by imag0020 | 2010-10-19 21:28 | 大地の音紀行外伝

豊島

今週のReegae Super Jamは、
先日ソウルセット20周年ライヴでお世話になったばかりの
THE ZOOT16渡辺俊美さんのインタヴュー!
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間近に迫ったクレセラヴォスの開催意義、
EKDとのスプリットシングルの話、
ソウルセット20周年について、
そして、マヌチャオLiveを体験して感じたこと、
などなどを熱く語ってくれる予定。
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チェックされたし。

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2010 CRECELAVOZ
"Fiesta de musica"
2010.10/17(SUN)
10am-5pm

香川県豊島唐櫃公堂

入場無料

THE ZOOT16
EKD
icchie
Eribaku
fugacity(acoustic ver.) & 杉瀬陽子
& more!

produced by Toshimi Watanabe

http://madeinkagawa.net

今年で第3回目を数える
クレセラヴォス(声を大にして)
今回は瀬戸内芸術祭に沸く瀬戸内海の小島、香川県豊島にて開催されます。
会場の下見や出演アーティスト選考の段階から渡辺俊美さん自らが参加し、
その主旨に賛同してくれた、出演者が顔を揃えるとても個性的なフェスになりました。

Z16はモチロン、スプリットシングルも待ち遠しいEKDが初参加、
そしてシーザーでのライヴも記憶に新しいYossy Little Noise Weaver
Cool Wise Man、ex.Determinationsのトロンボーン奏者icchieがソロでラバダブを披露、
さらにコパサルーヴォの別ユニット的なEribakuや大阪からfugacity、
また津軽三味線の筒井茂広や和太鼓デュオばちばち等。
僕もラジオショースタイルのDJとして参加します。

僕も含めて四国に住んでいながら、
瀬戸内海の島々のことを全く知らない方も多いと思いますが、
是非この機会にフェリーに乗って豊島を訪れてみてはいかがですか?
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by imag0020 | 2010-10-14 21:53 | REBEL RADIO

大阪

ソウルセット20周年ライヴ@大阪 無事終了しました。
8時オープンで朝5時まで、ずっと会場にいたので、
翌日の午後まで中日優勝の事実を知らなかった...。
大阪では意図的に報道していなかったのか?

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オープン直前、無人のフロア。こんな広い会場だとは。左側がステージ正面。

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ブース前に集まってくる熱狂的オーディエンス達。

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オープニングDJを僕からバトンを受け取ったユアソンのサイトウ君 aka ジュンジュン

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ちょっと遠いけどPA席後方から見たSOUL SET 1本目のライヴ。異常な盛り上がり

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吉本新喜劇の今別府直之さん。ビッグポルノとしてブリーフ1枚で出演。
『ジャイケルマクソン』の吉本国勢調査で陣内にいじられてた記憶しかなかったけど、
自分のところにまで凄く丁寧に挨拶に来てくれて恐縮。
小籔さん始めよしもと芸人さんの楽屋での挨拶や態度が徹底されているのに感心。

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同じくビッグポルノから市川AB蔵ことレイザーラモンRG
彼は高校まで八幡浜に在住していたらしく僕に愛媛あるあるを話してくれた。
新田高校に部活の練習試合で行ってた話とか。
僕がFM愛媛に出てることを知って
「『ポップスひこひこタイム』まだやってますか?」って。
それ、南海放送の番組じゃなかったっけ?
ライヴではワム!の『ウキウキ・ウエイクミーアップ』に乗せて
「ソウルセットあるある」を披露してました。

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出演者全員にサインを貰って僕のところまで来た青年。
SOUL SETマニアとして僕にライバル心をあらわにしてきた。

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なぜか「クボタタケシ」とサインするANI君。

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ボー様も大絶賛(予定)!買えよホー!

スタッフ、演者さん、知人、友人、お客さん、皆さんおつかれさまでした。
ソウルセットのライヴ、本当に素晴らしかったです。
俊美さんの熱唱にも感動しました。
ビッケも川辺君も、ハナちゃんもターボさんも、みんなナンバーワンでした。
肝心の主役ソウルセット兄さん方の写真を不覚にも撮り忘れ、
さらにスペシャルリクエスト!な楽屋ケータリングも最高!
だったのにそちらも撮り忘れ。
『箕面ビール』から世界一の黒ビールと『ボタ』さんのカレー!
食べ物の画像がないなんてブログ失格だな。
でも、今日のはブログっぽくないすか?
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by imag0020 | 2010-10-04 17:31 | My Favorite Things
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DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マット・マートン・ファンクラブ / 野球カード蒐集家


by imag0020
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