アイマグブログ― カマタヒロシ 

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混沌

Back To The 90's 其の壱
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TALK ABOUT SLITS
Episode1
スリッツとその時代

◆出演:
山下直樹
(元ZOO-SLITS企画兼代表/SKYLARKIN主宰)
× カマタヒロシ

フリッパーズ・ギター、スチャダラパーにソウルセット、DJエンマ、MUROにマイティ・マサ他、
日本のクラブ&ポップミュージックを代表するアーティストを数多く輩出し、
東京の音楽シーンに独自の存在感を残した「伝説のハコ」
下北沢SLITS(スリッツ)。
その企画兼代表・山下直樹氏をゲストに迎えてのスペシャル・トークショー!!
"渋谷系"から20年、
「スリッツを知らない世代」
も今聞きたい、
90年代最重要スポットでは、一体何が起こっていたのか!?
山下氏とは旧知の仲である、カマタヒロシ氏と共にトーク&ミュージックでお送りする愉快なラジオ・ショウ形式トークショー、
記念すべき第一回開催です!!

◆日時
2016年6月12日(日)
受付開始:17:00/開演:18:00
会場: まるいレコード
(松山市・銀天街)
愛媛県松山市湊町4-6-18
参加費: 1,000円(1ドリンク別)
定員:25名
※定員になり次第、先着順で〆切とさせていただきます

◆ご予約方法
下記メールアドレスまで

✉ slitsmyc@gmail.com

代表者お名前(ふりがな) / ご連絡先(携帯番号等) / 参加人数 を明記しメールをお送り下さい。

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山下直樹 やました・なおき

1962年生まれ。長崎県出身。パンク・ニューウェーブ直撃世代。86年、西麻布の伝説的なクラブ、Pピカソでオールジャンル選曲の洗礼を受け、88年より95年末まで下北沢のクラブ、ZOO→SLITSにて企画兼代表を務める。移転を理由にクローズさせた後、97年からレーベル、スカイラーキンを主宰、スリッツに関わりの深い人物達による幾つかのユニークな音源をリリース。また02年からは渡辺俊美のズートサンライズサウンズや代官山サルーンのDJブッキングなどにも携わる。15年、デジタルDJの可能性に遅ればせながら開眼、16年春、盟友達とあの偉大なるバンド、ザ・クラッシュを選曲のテーマに掲げたパーティを古巣福岡は中洲でひっそりとローンチ、現在に至る。

『今回のトークゲスト山下さんと僕が本格的に交流を始めたのは、実はスリッツ閉店後、
スリッツという店の音を作品として具現化するレーベル
『スカイラーキン』を設立した97年頃です。
確かその当時はまだスリッツ再開に向けて候補地を探していました。
山下さんと出会ってから数年間はあまりにも密度が濃く、思い返すと頭がクラクラするような蜜月期だったのですが、山下さんと出会ったことで、善くも悪くもその後の人生が大きく変わったことだけは間違いありません。
僕にとって師と呼べる人物の一人でした。
そんな山下さんとは、ここ10年くらいほとんどやり取りすることもなく疎遠になっていて、数年前スチャダラの野音ライヴの際に再会した程度でしたが、今回縁あって、このような企画の第一回にキャスティングしてもらいました。
昔、青山のデニーズで深夜にエエ歳した男二人でパフェ食べながら朝までトークしてたので、今回それを再現するファミレス風なセットを作って向かい合ってトークしたい
(昔、テレビでやってた『松本紳助』みたいな感じで)って要望を出したらアッサリと却下されましたが(笑)そんな雰囲気は出せたらいいなと思ってます。
なぜか松山で下北沢にあった店の話をする会。
ドミューンで視聴できるようにしてほしいくらいレアな企画です。
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2007年にP-Vine Booksから出版された山下さん監修の書籍
ライフ・アット・スリッツ
でも語られてはいるけど、
スリッツとはどんな店だったのか?
なぜ、あれほど多くの個性溢れるDJやアーティストが世に出てくるキッカケとなったのか?
当時のフライヤなど興味深い資料も含めて当事者の口から混沌の時代を振り返ってもらいます。
それにしても、片や元スリッツ、片や元アースビートって、
そのまんまやん!
検索しても、本家ザ・スリッツしか出てこないだろうな。』
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by imag0020 | 2016-04-30 16:53 | 大地の音紀行外伝

紫綬


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僕が以前やっていたラジオで
80's洋楽王決定戦』という
下らなくも真剣に取り組んでいた企画があった。
その中でプリンスマイケル(ジャクソン)、マドンナ
80's洋楽御三家
と称していたら、
相方の井坂彰兄やんから、
「いまの若い世代には、
マイケル~マドンナと来て、
プリンスはピンとこないのでは?」
と、物言いが入って驚いた。

僕に言わせれば80年代のプリンスは
『ひとりビートルズ』だ。
Fab 4のやってたことをたった独りで表現した人だと思う。
常に刺激的で良質なロック/ポップスを立て続けにチャートに送り込んでいたし、
圧倒的なパフォーマー、プレイヤーとして、
実験的なプロデューサーとして、
ある意味シーンから孤立した存在だったと思う。
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当時から現在に至るまで世間を騒がせながら第一線を走り続けるマドンナ、
子役時代からスーパースターとして君臨するもダークサイドに堕ち、その死を経て再び輝きを放ったマイケル、
確かにその二人とはポップスターとしての立ち位置というか
カラーがプリンスの場合かなり異なっていたように思う。
(僕が初めてプリンスのPVを見た時の印象は「なんか気持ち悪い」でした)
この3人は1958年生まれの同い年だったはず。
プリンスはいつも比較されるマイケルのことを一方的に意識していたんじゃないか?
どこか余裕で構えるマイケルに対して、
異常なまでの制作ペースで、
世間に向かって必死でアピールしているように見えたプリンス。
それ故に80年代中期のプリンスは才気溢れていた。
あの[We Are The World]にも、
結局プリンスは参加することなく、
とことんマイケルとの絡みを拒否することで彼なりの苛立ちを表現していたように思う。
マイケルもプリンスがいなければ[BAD]なんて曲を作らなかっただろう。
多分、YouTubeで観れると思うけど、
JBのライヴにマイケルとプリンスが飛び入りする映像があって、
「俺の方がJB好きや!」と、
アピール合戦を本人の前で繰り広げるレアな絡みがあって、
その時もプリンスは異様に燃えていた。
ちょっと御大が引くくらい。
マイケルも苦笑していたような気がする。
誰もが認める天才なのに、
どんだけヒットを出そうと、
プリンスは世間の評価がマイケルを超えていると感じなかったのかも知れない。
僕がプリンスのライヴを観たのは一度だけ、
1989年[Lovesexy Tour]での来日で、
調べてみると2月12日の大阪城ホール(ワールドツアー最終日)だった。
実はそれもUB40のライヴに行った際の「ついで」に過ぎなかった。
大阪の友人とUB40を観た後、
「明日、プリンスやん!」
と貰ったチラシで知ってノリで行ってみたのだ。
その時のアルバム[Lovesexy]も
気に入ってよく聴いていたし。
いま想えばノリで大阪城ホールに行って並べば当日券が買えたんだから凄いなと思うが、
とにかく記憶に残っているのはシーラEもいたなぁとか、
その程度で、それほど大感動したものでもなかった。
ただ、知ってる曲ばかりなので楽しめたけど。
でも、今となってはあの日プリンスを見たことは自慢できる。
影響の割に僕のDJの中にそれほどプリンスのレコードが入ってくることはなかった。
[Raspberry Beret]なんかはかけてたけど。
もっと12インチをかけるDJならお世話になってたかも。
[Around The World In A Day]
[Sign O' The Times]
この2枚のアルバムはホント素晴らしい。
これが全て。
数年後に[BATDANCE]がヒットしてプリンスに幻滅したことも含めて僕にとってはあの頃がベストだった。
昨夜、プリンスの訃報を知り
自分でも驚くほど打ちひしがれたので思い出を綴らせてもらいました。
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by imag0020 | 2016-04-22 15:33 | My Favorite Things

音頭

『素晴らしき邦題の世界』

アイマグブログ初期の頃に紹介していたシリーズ
洋楽シングル邦題マニアの僕が長年探し求めた1枚。
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コステロ音頭
原題は[The World and His Wife]
名盤アルバム[Punch The Clock]
からのシングルカットで、
A面『シップビルディング』は、
82年当時のフォークランド紛争に対する風刺を唄った名曲であり、
もともとはロバート・ワイアットに提供した曲をコステロがセルフカバーしたものだ。
ひっそりとチェット・ベイカーがゲスト参加していたりする。
問題のコステロ音頭はそんな名曲シングルのカップリングとして収録されているのだが、
なぜ、こんな脱力系タイトルになったのか?
一瞬、コステロが大瀧詠一のように音頭に取り組んでいたのか?
と本気で思ってしまうが、
なんのことはない、
ただこの曲のイントロが
「音頭っぽく聴こえる」
というだけなのだ。
この曲の訳詞は、かのピーターバラカン先生が書かれたそうで、
ライナーノーツも書かれていた。
この邦題もレコード会社の担当ディレクターのおふざけではなく
バラカン命名説もある。
現在流通しているアルバムでは、
原題をカタカナ表記した邦題に変わっているらしく、
それもあって、このシングルがレア盤(または珍盤)扱いされているのだ。
コレ、いざ探してみるとホントに見つからない。
たまにバカみたいに高額で出品されていて、
ただ邦題が面白いというだけで、そんな値段で買う人がいるとは思えないのだが、
(普通に名曲シップビルディングのシングルとして欲しい人もいるんだろうけど)
この国内盤7インチに関しては、ジャケにある『コステロ音頭』という文字が、プレミア価格の大半を占めている。
大体この手のレコードが出てくる時って放送局などから処分された見本盤だったりするけど、
今回は全くの偶然で、
盤もジャケも新品みたいな状態の奇跡の1枚に出会った。
値段も信じられないくらい安くて、
もしかして知らない間に再発でもしたのかと思ったほど。
手に入って嬉しかったが、
だからと言ってDJに使える訳でもなく、
結局はこうやって話のネタにした後は他の7インチとともに箱に入れられるだけではある。
聴きたければアルバムも持ってるし、
もう役目は終わってしまったのかも。


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by imag0020 | 2016-04-11 10:04 | レコード日記

奇妙

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日曜日シーザーにて!

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by imag0020 | 2016-04-01 14:26 | インフォメーション

余波

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by imag0020 | 2016-04-01 14:25 | 野球評判家
line

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マット・マートン・ファンクラブ / 野球カード蒐集家


by imag0020
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