アイマグブログ― カマタヒロシ 

imag002.exblog.jp ブログトップ

<   2017年 07月 ( 7 )   > この月の画像一覧

凱旋

b0133206_19394560.jpeg


Natsu Summer
"Hello, future day" Release Party


2017/08/27/SUN/open 15:00
@ buenavista


Live + DJ


ナツ・サマー


クニモンド瀧口(流線形)


DJ カマタヒロシ


with


SNUG
TOKNOW
マイケル
SEKI(JOEU-FM)
IKEPON


adv. 2,000 yen.(ドリンク別)


ブエナビスタ
愛媛県松山市梅津寺町1329
09059169101


伊予鉄道高浜線梅津寺駅下車徒歩2分
梅津寺駅から294m


*駐車場は梅津寺公園の駐車場(300yen./Day)をご利用ください。


ナツサマーがファーストアルバムを引っ提げ1年ぶりに凱旋!
ついにプロデューサーの流線形クニモンド瀧口氏も初登場!
梅津寺の海の家的なカフェ『ブエナビスタ』にて!
ローカルDJも異色な顔触れが揃ってます!
最高のロケーションに最高の音楽!
チェックされたし!






b0133206_19432300.jpeg

*こちらは自分が描いたマヌ風手描きヴァージョン。アイマグ限定公開。



[PR]
by imag0020 | 2017-07-31 19:38 | 大地の音紀行外伝

黒縁

シーナ&ロケッツ
鮎川誠 生誕69年アニバーサリー!
47 ROKKET RIDE TOUR 2017
@ LIVE HOUSE SALON KITTY MATSUYAMA


8月18日(金) 松山サロンキティ

DJ カマタヒロシ
b0133206_18312307.jpg
鮎川誠 生誕69年×音楽生活50周年記念!
シーナ&ロケッツ47都道府県・四国ツアー
(松山・高知・高松・徳島)が決定!

『1978年の初ステージ以来、
今日まで一切のブランクがなく
活動し続け、今年39周年を迎える。
日本のロックシーンで抜群の信頼感、
存在感を誇るシーナ&ロケッツ。
鮎川が69歳になる今もまったく衰えることはない。
2015年2月14日シーナが急逝するも、
シーナのロックンロールハートを胸に抱いて鮎川誠は走り続ける。
現在、鮎川がヴォーカル・ギターを担い、
シーナ&ロケッツ47都道府県横断ツアーを展開中。』

と、言うわけで、緊急決定
8月18日の松山ライヴにて、
オープニングDJをやらせてもらうことになりました!

いやー、まさかです。
ライヴ会場でのDJも数えきれないほどやってきましたが、
やはり同世代のアーティストやバンドの現場ばかりでした。
でも、今回はまさかのレジェンド!
僕がシーナ&ロケッツ(以下シナロケ)を初めて聴いたのは、
b0133206_18324680.jpg
スネークマンショー』(1981年)の
アルバムに収録されていた
レモンティー』だとばかり思っていた。
僕と年齢の近い人はスネークマンショーで
シナロケを知った人は多いのではないだろうか?
b0133206_18332581.jpg
でも『ユー・メイ・ドリーム』(1979年)の方が先でしたね。
ただ、子供だったのでヒットシングルとして曲を認識していただけかもしれない。
当然、サンハウスの存在も知らなかったので、
僕の中でシナロケはめんたいロックの系譜ではなく、
YMOファミリーと捉えていたな。
アルファレコードからリリースしていたし。
b0133206_18340393.jpg
↑僕はこっちのジャケ派
ユー・メイ・ドリーム』は言うまでもなくクラシックですが、
DJとしてはシングルB面の『Lazy Crazy Blues』も
ニューウェーヴダブみたいで最高にカッコいい。
b0133206_18350364.jpg
あと『スイート・インスピレーション』は、
世界中に数ある
"You Can't Hurry Love"
ビート使いの中でも屈指の名曲だと思う。
鮎川さんとシーナさんって、
お二人とも日本人離れした反則ルックスというか、
この人たちがバンドやらないと嘘だろうって感じ。
今でこそサングラスじゃなく
眼鏡かけてるロッカーなんて幾らでもいるけど、
やはりバディ・ホリーエルヴイス・コステロ鮎川誠
僕の中で3大黒縁メガネロッカーですよ。
そういえば、ストーンズの初来日の時に東京ドームで、
どんな客が観に来てるんやろ?
ってスタンド席から眺めてたら、
一際カッコいい人がいて、
よく見たらそれが鮎川さんだったことあったな。
居るべき人がホントにそこにいて嬉しかった。

今回、松山の会場のお客さんがDJを受け入れてくれるのか
不安な部分もありますが、
僕なりのロックでオープニングアクトを務めたいと思ってます。
そもそもオーディエンスより
鮎川さんを意識して選曲するけど(笑)
(多分)47都道府県ツアーの中でオープニングDJが入るのは松山だけ!
こんな機会もなかなか無いので是非みんな集まってほしいです。
チケットもお問い合わせください。


[PR]
by imag0020 | 2017-07-26 18:29 | My Favorite Things

座長

クボタ座長一座特別公演
『HOTTEST NEO CLASSICS』
おかげさまで盛況の内に幕を閉じました。
お越しいただいた皆様に感謝申し上げます。
今回は森ラッピンにシンコちゃんまでいたので、
焦点も分散していたと思いますが、
蓋を開けてみると主役はやはり座長クボタタケシでした。
あの堂々とした佇まいに改めて脱帽。
何十年も松山にやって来ていて、
松山のお客さんにウケる曲なんていくらでもあるにも関わらず、
いわゆる定番のクラシックスは一切かけず、
しかも、ある一定のテンポを崩さず、
沸点の手前くらいの熱さを保ちながら
お客さんをじらしてじらして、
それでも沸騰させないでとろ火でじっくり煮込み続け、
結果ずーっとフロアでお客さんが踊り続けるという、
実にプロフェッショナルな仕事ぶりでした。
これぞ座長の風格、銭の取れるDJとはこの事。
DJは誰しも限られた時間の中で早くお客さんを
爆発させたいと思ってるはずですが、
そんな焦りを見せない圧巻の仕上がりでした。
b0133206_14391782.jpg
終わってからも早朝5時に焼き肉定食をガッツリ平らげ、
翌日昼間はエアコンもかかってないようなリサイクルショップで
汗だくになりながらレコードを延々と堀り続け、
b0133206_14461295.jpg
帰りになぜか回転寿司屋で若者のように14皿積み上げる。
(ちなみに僕は5皿でした)
僕はバテ気味でレコード掘りもそこそこだったので、
7インチと寿司の皿の数は比例するんだと思い知らされた次第です。
あー、この男には勝てんわ、
と、心底思いましたね。
リアルモンスターでした。

話は戻って、僕は今回露払いに徹したので
ピークタイムにDJできなかったのですが、
ノリ君も含めてジャンルもスタイルもバラバラな選曲のDJ、
それぞれの個性がキチンとプレイに表れていて、
変な物言いですが久しぶりに
「クラブらしい」雰囲気だなーと感じましたね。
シンコちゃんのDJもホント良かった。
普段はお爺ちゃんみたいなのに(笑)
DJしてる姿はカッコいい。
本人も楽しそうで何よりでした。
b0133206_14403075.jpg
しかし、いつまで経っても
『ミクロボーイとマクロガール』
を誰もかけそうにないので、
シンコちゃんの2回目のセットの際に
「せっかくだからかけなさいよ(苦笑)」
と、促したら、
「確かにこのタイミングしかないね!」
と、シンコちゃんからクボタに手渡していた
7インチを開封してかけてもらいました。
b0133206_14410341.jpg
正にあの曲のトラックを作った男とギターを弾いてる男と
一緒に爆音で聴くなんて贅沢かつ感慨深い瞬間でした。
正直ここ最近はテンションも落ちていて、
このパーティに対してもなかなかエンジンがかからず
不安な気持ちが大きかったけど、
クボタ一座とシーザースタッフ、お客さんのお陰で乗り切れました。
実は2日経ってるのに、
まだクボタが松山に潜伏してレコードを堀り続けているので
今日こそは空港に送り届けて窓際席に押し込みたいと思っています。

[PR]
by imag0020 | 2017-07-24 14:37 | My Favorite Things

発表

20170722 HNC @ Bar Caezar

Timetable

21:00-21:40 カマタヒロシ
21:40-22:20 森ラッピン
22:20-23:00 SHINCO-SDP
23:00-23:40 クボタタケシ
23:40-24:20 Nori
24:20-01:10 クボタタケシ
01:10-01:50 森ラッピン
01:50-02:30 SHINCO-SDP
02:30-03:10 カマタヒロシ
03:10-    未定
b0133206_19194767.jpeg

今回はアーリータイムから楽しめる各DJツーステ
このメンツ、およそ我々の嗜好するカッコイイ音楽の
全てが味わえる最強ラインナップだ。
前半戦トリと後半戦トップのクボタに挟まれてしまった
シーザーNori君のハーフタイムDJもチェックされたし!

[PR]
by imag0020 | 2017-07-20 19:18 | インフォメーション

窓際

「飛行機は窓際(できれば後方)の席しか乗らない(乗れない)。」

「窓際が取れなければ行かない(行けない)。」

これが各地方のオーガナイザーとクボタタケシとの間で交わされる
オファーに対するほとんど唯一と言っていい条件である。
基本的に地方のパーティーは週末に集中しており、
搭乗時間も遅い時間になってくると、
限られた窓際席を確保するのが困難になる時も多い。
普通に窓際を希望する乗客の方が多いからだ。

何十年も毎週末地方にDJに行くことを生業にしている男が
飛行機嫌い (または飛行機が恐い)
だから窓際じゃないと嫌だ。

それで今までやってこれたことも凄い。
少々時間がかかっても東京から新幹線(または他の陸路)で
行けるような場所ならまだいい。
さすがに四国は遠すぎる。
余談だが20年前にクボタが飛行機の最終便に乗り遅れて
松山に来る手段が無くなったことがあった。
その時は本気でフェリーか何かで松山まで行けないか
羽田空港で調べてもらっていた。
最終便搭乗予定だったから、
その時点で18時頃だったが、
仮に東京からフェリーで松山に来たとして
(そんな便があるのかどうかも知らんが)
一体何時に松山に到着するのか?
間違いなくクラブの営業時間内には着くことはないだろう。
(結局ドタキャンになった)

実は飛行機が嫌いだというDJやアーティストは意外に多い。
森ラッピンも飛行機が苦手らしいが、
「僕は逆に窓際で外が見える方が恐いですわ」
と言っていた。
クボタは窓から外が見えてないと不安になるらしい。
捉え方はそれぞれだ。
飛行機が嫌いなのは仕方ない。
僕もそれほど好きではないが
乗らないと行けないんだから仕方ない。
しかも、海外に10数時間かけて行くのではない。
たかだか国内線、羽田~松山の所要時間は約90分ほどだ。
窓際だろうが通路側だろうが前方席だろうが後方席だろうが、
スーパーシートだろうが乗ってる時間は平等だ。
寝てりゃ一瞬だと思うが、
事はそれほど単純な問題ではないらしい。
とにかく窓際じゃないと無理なんだ、と。
ゴルゴ13のように特殊な職業の人は仕事に対するルールにも
特異なこだわりがある。
クボタの場合それが窓際席というだけなのだと理解はしている。
しかし、今回もシーザーの店長ノリ君は窓際確保に奔走していた。
華やかなダンスフロアの光の影に、
こんな地味な苦労が隠されている。
お客さんは会場に来るのに、
電車かタクシーか、自転車か徒歩か、
せいぜい数十分であろう。
命懸けで松山にやってくるDJに比べれば気楽だ(笑)
その事を踏まえて土曜日はみんなシーザーに集まってほしい。
いや、踏まえなくてもいいか。
b0133206_17544299.jpeg
前売りチケットお問い合わせください!


[PR]
by imag0020 | 2017-07-17 17:49 | My Favorite Things

発見

b0133206_20152158.jpg
"Love of the Common People" by Paul Young

これは英国のシンガー、ポールヤングが1982年にリリースしたシングル。
(オリジナルはフォートップス、1967年)
ポールヤングが本格的にアメリカでヒットするのは2ndアルバム以降だが、
b0133206_20163181.jpg
この1stアルバムも英国チャート1位を獲得する大ヒットを記録していて、
日本盤もリリースされていたことからよく聴いていた。
このアルバムはカヴァー曲が多いのが特徴で、
マーヴィンゲイの"Wherever I Lay My Hat (That's My Home)"や、
さっきのフォートップスなんかはポールヤングのソウルフルなヴォーカルにピッタリはまっている名カヴァーだった。
意表をつかれるのは、なんとジョイ・デイヴィジョンのカヴァー
b0133206_20175238.jpg
"Love Will Tear Us Apart"
これがまた素晴らしい。
正直言って僕は当時まだジョイ・デイヴィジョンを聴いたことなかった。
後になってジョイ・デイヴィジョンを聴くようになり、
アレ?この曲ってポールヤングの!?」って驚いたものだ。
僕の中のポールヤング像とジョイ・デイヴィジョンが全く結びつかなかったから。
さっきジョイ・デイヴィジョンの原曲の動画を見ていたら、
久しぶりにポールヤングの方も聴きたくなって
動画検索してみたついでに関連動画にあった冒頭の
『Love of the Common People』に行き着いた。
思わず懐かしくて見入ってしまったが、
このカヴァーも後にレゲエを聴くようになった時に、
ニッキー・トーマスというシンガーが1970年に
ジョー・ギブスで歌っているシングルを聴いて、
同じように「アレ?この曲ってポールヤングの!?」って思った。
改めてこのポールヤングのカヴァーを聴いてみると、
ちょっとレゲエ風にも聴こえなくもないというか、
きっとポールヤングもフォートップスではなくてニッキートーマスのヴァージョンがちょうど10代の頃にヒットしていて聴いていたんだろうな、
なにしろ、この辺りの初期レゲエは普通に英国シングルチャートの上位に入っていたし。
と勝手に想像して、なんとなく嬉しくなったりした。
すると、PVの曲の中盤でポールヤングの後方にいる
バンドの中に見慣れた顔が一瞬映った。
あれ?と思ったら間奏のトロンボーンのソロシーンで、
リコ・ロドリゲスが映った!
当時、このPVを見る機会がなかったし、
まだリコの存在もよく知らなかったから
見ていたとしても気付きようもないのだが、
そもそも、あれだけ聴いていたのにリコが客演していたことすら
今の今まで知らなかった!
b0133206_20212713.jpg
80年代初頭にスペシャルズや2トーン作品に参加したり
ソロを吹き込んでる以外にも
ザ・メンバーズやイアン・デューリーの作品にも参加しているし、
数々のルーツ・ロック・レゲエの名作にリコの名がクレジットされているものもファンとして見逃さないようにしていたつもりだが、
まさかのポールヤングとは。
さっき「ちょっとレゲエ風にも聴こえなくもない」と、書いたが、
別にモロにレゲエって感じの曲でもないのに、
リコにオファーしていたポールヤングのセンスがスゴイ。
元々好きだったこの曲がリコ関連作になったのは嬉しい発見だ。
アルバムしか持ってなかったけど早速シングル探してみよう。

それでは、どうぞ。

[PR]
by imag0020 | 2017-07-10 20:14 | 80's洋楽王

阪急

b0133206_06080491.jpg
阪急ブレーブスを率いてリーグ優勝5度、
日本一3度という輝かしい経歴を持つ監督
上田利治氏が1日に死去。
享年80歳。
監督通算1322勝は歴代7位
2003年には野球殿堂入りを果たしている名将だ。

僕の幼少期のプロ野球界は、
パリーグ6球団の内の半分
阪急ブレーブス
近鉄バファローズ
南海ホークス

が同じ関西エリアに本拠地を置いていた。
セリーグの阪神タイガースも含めると、
4球団のオーナー全てが在阪私鉄会社だった。
他にも僕が生まれる以前にあった、
国鉄スワローズ(現 東京ヤクルト)、
東急電鉄の東急フライヤーズ(現 北海道日本ハム)、
西日本鉄道の西鉄ライオンズ
(これは後に西武鉄道グループによる西武ライオンズになる)
と、鉄道会社所有球団が圧倒的に多かったのだ。

現在のパリーグのように各チーム普通に人気があって、
球場にお客さんが満員でって
光景に慣れてる世代には、
信じられないような閑古鳥の鳴く球場ばかりだった。
やはり、人気面ではセリーグに所属する阪神が圧倒的で、
他の3球団が束になっても敵わなかったのだ。
僕は、その4球団全て好きだったのだが、
小学生の頃、初めて観戦したのは、
大阪球場での南海対近鉄だった。
まだ野村克也さんが南海の監督兼4番キャッチャーの頃。
なんば駅の裏という大阪のど真ん中に球場があっても
本当にお客さんが少なかった。
ガラの悪いヤジもウケ狙いのヤジも全部選手に届くほど。
現代なら地方の独立リーグでも、
当時のパリーグよりもお客さん入って盛り上がっていると思う。
とは言え、近鉄には野球ファンに語り継がれるドラマティックなシーンが何度もあったし、
南海なんて水島新司先生の
『あぶさん』のお陰で、
実際の選手の顔より作品で描かれた顔を記憶していた。
(選手だけじゃなくて裏方スタッフのことまで詳しくなったり)
b0133206_06113243.jpg
↑水島先生の描く南海選手たち

各チームのカラフルなユニフォームも好きだったし、
それぞれのエース投手も魅力的だった。
少なくとも西武ライオンズの黄金期が訪れるまでは、
関西3球団がパリーグの主役だったように思う。
中でも阪急は特に強かった。
上田監督就任2年目の1975年は、
球団創設26年目にして悲願の初優勝で熱狂的な赤ヘルブームを巻き起こした広島東洋カープを相手に日本シリーズを制し、
翌1976年は、長嶋茂雄監督初の優勝で勢いに乗る巨人を相手に4勝3敗、
翌年再び巨人とのシリーズでも4勝1敗と寄せ付けず、
3年連続日本一を達成した。
僕が野球に興味を持った頃、
セリーグの覇者は阪急には通用しなかったのだ。
僕は父親や親戚のおじさんに
よく球場に連れて行ってもらっていたのだが、
なぜか阪神甲子園球場よりも
同じ西宮市にある阪急西宮球場に行くことが多かった。
b0133206_06133969.jpg
阪急のチームカラーであるオレンジを基調とした美しいスタジアム。
シカゴのリグレーフィールドを模して設計されたらしい。
僕の敬愛する江夏 豊投手が
1971年のオールスターゲームでパ・リーグの錚錚たる強打者を
9人連続三振に斬った、
まるで漫画のような伝説的なシーンもこの球場での出来事だ。
ちなみに僕が最後に同球場を訪れたのは仕事で行った
Bon Joviのライヴ(笑)で、
調べてみると1995年5月16日、
その年に起こった阪神大震災の復興支援ライヴだった。
小雨の降る中でのライヴだったが、
球場に着いた瞬間から子供の頃の記憶が甦り、
懐かしさでボンジョヴィとは無関係に感動していたのを思い出す。
阪急がオリックスに身売りし
西宮球場も使われなくなり、
翌96年には同球場で最後のプロ野球公式戦が開催されたそうなので、
あれが僕にとっては西宮球場に行けた本当に最後のチャンスだったようだ。
話は逸れたが、西宮球場では
阪急の開幕戦をよく観た。
毎年、開幕のマウンドには必ず大エース山田久志が立っていた。
何しろ山田は1975年から1986年まで、
プロ野球記録の12年連続開幕投手を務めている。
そのため、僕が何度か観戦した開幕戦も正確な年が特定できないのだが、1976,77年頃だったのではないだろうか。
福本豊、加藤秀司、マルカーノ、ウィリアムス、蓑田浩二、
山口高志など好きな選手だらけの阪急の中でも
山田投手は僕の中で別格だった。
球場で買ってもらったサイン入りブロマイドはずっと大事に飾っていた。
b0133206_06172065.jpg
↑これは比較的最近貰ったサイン

そういえば実家には上田監督をはじめ、
前述の主力選手の寄せ書きサインが入った色紙がずっと飾ってあったのだが、あれはどうなったのだろう?
b0133206_06182221.jpg
↑ネットで検索したら全く同じものが出てきた。
1976年頃らしい。上田監督のサインが中央下。

b0133206_06192672.jpg
↑阪急ブレーブスのマークって
レゲエのTROJANレーベルのマークに似てる。


時を経て親会社は阪急阪神ホールディングスとなり、
オリックスブルーウェーブも近鉄バファローズと合併し、
南海はダイエーに買収され九州に移転、現在はソフトバンクとなった。
阪神だけがその冠を残していることになる。
b0133206_06203987.jpg
近年『KANSAI CLASSIC』と題して、
オリックスとソフトバンクが前身である阪急・近鉄・南海の
ユニフォームを着用して試合する企画などもあり、
オールドファンから当時を知らない世代まで好評となっているようだ。
b0133206_06234245.jpg
上田監督の訃報に接し改めて昭和のプロ野球に想いを馳せた。
b0133206_06320748.jpg
個人的に音楽同様、野球も80年代ブームが再燃している。
野球評論家金村義明氏(近鉄他)の著書が面白かった。

b0133206_06243786.jpg
今井雄太郎投手

b0133206_06275272.jpg
蓑田浩二選手

b0133206_06462041.jpg
山沖之彦投手

[PR]
by imag0020 | 2017-07-08 06:06 | 野球評判家
line

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


by imag0020
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31