アイマグブログ― カマタヒロシ 

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燐寸

僕のミックステープやCDに冠した

タイトルの元ネタである、

ロックステディの至宝コンピレーション

HOTTEST HITS (Treasure Isle)

僕が産まれた頃にリリースされた

このアルバムは全3タイトル、

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ビートルズの青盤・赤盤のように、

黒・青・赤と3色のジャケに分かれており、

(ちなみにビートルズにも『HOTTEST HITS』なるコンピ盤が存在する)

僅か2~3年ほどの流行ではあったが、

ジャマイカ音楽の歴史上、

スカとレゲエを繋ぐブリッジとして重要な位置づけとなった

ロックステディ珠玉の名曲がタップリ詰まった名盤だ。

ロックステディとは何かを知りたいなら、

まずこのコンピを聴けば確実に理解できる。

僕は内容もさることながら、

このマッチジャケがお気に入りで、

ZOOT時代には3枚並べて壁にディスプレイしていたものだ。

当時、ショップで好きな音楽に関連したオリジナルのTシャツやグッズを展開していて、

そのインスパイアの源としてレコードのカバーアートは欠かせないものだった。 

ある日、このホッテストヒッツのジャケが

ふと目に留まり、

「このマッチが本当にあれば面白いかも?」

と、思い早速ラフ画を描いてFAXを送った。

黒・赤・青のマッチ3箱セット

ホッテストマッチ

僕は非喫煙者だが、スカやロックステディをかけるDJが、

ブースで煙草にマッチで火を点けてるとカッコいいんじゃないか?と。

別に使わなくても置いとくだけでお洒落?だし、

お土産にも売れそうな気がしたので自信を持ってプレゼンしたのだが、

結局コストが合わなかったのか、

ボツにされてしまったのだった。

今から15年ほど前の話だ。


時は巡り、先日のこと、

いま、甘いのを歌わせたら日本一の

トロピカルレゲエシンガー、アスキーこと、

asuka ando が、

BestMatchCorner なる人物?の、

マッチアート展の紹介をしているのを偶然見た。

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アスキーの7インチやCD等、

数々の作品のアートワークをマッチにしたものが並んでいて、

へー、コレはイイ!と思って眺めてたら、

その中に、アレ?コレは?と、目に留まったのが、

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なんと、あのホッテストヒッツのマッチ!

ウワー、コレ、昔、全く同じ物を考えてたことあったのに!

と、テンション上がってしまった。

僕の考えてたのはジャケそのままをマッチにしたものなので

厳密には少々異なるのだが、

コンセプトは全く同じ、

思わずアスキーに「これヤバイ!欲しい!」

と、コメントを送った。

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そしたら先日の日曜日、

RICO SWEETSで開催したラジオDJの際に、

先月リリースされたアスキーのニューアルバム

あまいひとくち

と、ともにマッチが届いたのだ!

コレが売り物だったのか、

単なる展示用だったのか、

その辺の事情も何も知らず、

画像を見て思わず「欲しい!」と、

コメントしただけなのに現物が目の前にある!

こんな「あまい」現実があるだろうか?

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実物を見て、よりマッチの魅力に惹かれてしまった。

今回はマッチにしか触れないが、

asuka ando のニューアルバムについては

また改めて書かなくてはならない。

なぜならとても素晴らしい作品だから。

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シングルにもなったタイトル曲は、

僕の好きなアップセッターズのインスト曲

"5 CARDIFF CRESCENT"

をオケに使用していて驚いた。

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ドンドラモンドJr. こと、ヴィンゴードンの

トロンボーンをフィーチャーした曲で、

僕がよくかけていたので聴いたことある人もいると思う。

あの曲をリディムにして歌ってしまう

アスキーの(レゲエマナーに則った)センスに脱帽。

いま、いろんな歌い手がいるけど表現力は群を抜いている。

こういう作品に出会うと、

つくづく番組をやっていないのが悔やまれる。

もっと詳細に特集して聴かせたいのに。

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とは言え、先日のようなラジオショーを開催させてくれた

会場のRICO SWEETSと、

大して告知していなかったにも関わらず

集まってくれたお客さんに心から感謝しています。 








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# by imag0020 | 2018-02-16 06:52 | My Favorite Things

百選

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千のヴァイナル RADIO SHOW

第1回『七吋百選』

@ RICO SWEETS & SUPPLY CO.


トーク&音楽

DJカマタヒロシ.JP


2018年2月11日(建国記念日)

1830分~2130 O.A.

料金 1300 (1ドリンク付き) 子供無料


会場

RICO SWEETS (松山ロープウェイ街)

0899470125 


カマタヒロシ改め

カマタヒロシドットジェイピーによる公開ラジオショー!

リコスイーツ店内にラジオブースを設置し、

自身の音楽史を語るオールタイムベスト100枚、

全て7インチシングルのみで厳選。

Live Direct! でお送りします。


個人的に久々の選曲の現場ですが、

この第1回を体験してくれないと、

次に控える第2回の企画が困難になるので

是非お気軽に遊びに来てほしいです。


[リクエストOK]

お気に入りの7インチを持参の方

リクエストを受け付けます。

とっておきの一枚をお持ちください。


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# by imag0020 | 2018-01-31 06:04 | インフォメーション

回葬

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ECDこと石田義則さんが亡くなった。

僕の大きな心残り、

それはECDDJとライヴを松山で体験できなかったことだ。

僕とクボタタケシによるHOTTEST NEO CLASSICS

でもゲストDJとしてECDの名前が挙がっていた。

数年前にはかなり具体的な日程まで上げてオファーさせてもらったのだが、

石田さんの現場仕事の都合が合わず見送った経緯があった。

例え上手く調整して仕事終わりで最終便に乗り、

松山まで来れたとしても始発の新幹線で東京に戻るくらいの

時間じゃないと仕事に間に合わないというので、

夜中に地方での出演は難しいということだった。

仕事を休める日も1ヶ月前にならないと確定しないので、

当然その日まで正式な告知も出来ないし、

クボタやクラブのスケジュールにも影響する可能性があった。

だったらこちらが合わせるしかない。

クボタもリスクを承知の上で石田さんを誘ってくれていたし、

石田さん本人も行きたいと言ってくれていたようなので、

なんとしても実現させたかったのだが

その後、体調を崩されたりしたこともあり、

しばらく厳しいだろうなと思ってオファーも封印していた。

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僕がECDという存在を知ったのは、

1987年頃にフジテレビで放送されていた

深夜のカルトプログラム『FM-TV』の中で

藤原ヒロシさんと高木完さんによる

タイニィパンクスのコーナーがあって、

そこで「新人レゲエディージェイECD

って紹介されていた時。

その時の石田さんが27歳。

新人と言っても完ちゃんより年上なんですけど

みたいなトークをしていたのを記憶している。

初期はチエコビューティーとコンビネーションで歌ったりしていたし、レゲエ寄りの人って認識していた。

その後、

MAJOR FORCEからリリースして、

初めてライヴを観た時は川辺ヒロシ君がバックトラックを刻むセレクターを務めていたのもよく憶えている。

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このツアーで高松にも来た


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このコンピ盤でDJ DOC HOLIDAYこと須永辰緒さんとの

コンビでやった『マンション』も懐かしいし、

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ECD主宰の『CHECK YOUR MIKE』では、

自ら司会もやっていて、TONEPAYSCARTOONS

キミドリA.K.I.も出ていた。

そう言えば、その時のフライヤの問い合わせ先の電話番号に、

普通に 03-〇〇○ ISHIDA って書いてて、

エッ、コレッてECDの家の番号⁉︎って驚いたり。

石田さんは後に、

隠さないといけない個人情報なんて何もないって、

自宅の住所なんかも堂々と掲載してたけど、

もう、当時からそんな感じだったな。

あのフライヤどこかに残してあるはず。

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あ、パブリックエネミーFight The  Power Live

の輸入盤VHSを買ったら日本のツアーのシーンにECDや完さんが一瞬映ってテンション上がったことも。


石田さんはニューウェーヴな音楽家だった。

後期はサックスを手に盟友イリシットツボイ君とのコンビで

ヒップホップを解放しながら最後までニューウェーヴなヒップホップを実践していた。

ラッパーとしても印象的なフレーズ、ラインを多数残している。

「やりきれないことばっかりだから、レコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードを聴いている、今日も」

(DIRECT DRIVE)

なんて、こんなシンプルなリリックの繰り返しで、

僕らの心情を代弁してくれるなんて。

どんだけいろんなとこで使わせてもらったことか。

日本語ラップ史上最高の発明かも。

あとは、さんピンCAMPオープニングでの

J-RAPは死んだ、俺が殺した」宣言も、

ジョニーロットンの「ロックは死んだ」発言を

当時のシーンに置き換えてたんだと思う。

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ECD監修 PERFECT BEATS
この本もレコ屋時代にお世話になった。
ヒップホップの重要な12インチはコレでチェックしていた。

好きな曲は挙げるとキリがないが、

『マス対コア』や『ブギーバック』アンサーソング、

四街道とやった『銭の花』、

『ロンリーガール』はモチロン、

やはり『サマーマッドネス』も。

ミュートビートのレコードを回転数チェンジしてそのまま使った

After the  Rainは、もう真骨頂。

コレを7インチでリリースしたのも最高。

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あとはデモのテーマ曲『言うこと聞くよな奴らじゃないぞ

も7インチだったな。

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君は薔薇より美しい

この12インチもアートワーク含めて好きだ。

もう、イルドーザーのグラフィックがそこにないとECDの作品は完成形とは言えないような。

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GAS BOOK 06 illdozer


そして、ECDがその本領を発揮し始めたのは

ベスト盤『MASTER』リリース時のCCCD問題に端を発するcutting edge離脱後の

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アルバム『失点インザパーク』(2003年)

からの真のインディペンデントなリリースや

表現活動こそが石田さんの底力だった。

MAJOR FORCEcutting edge 時代よりも

精力的にリリース量も増えファンを自認する

僕ですら追いつけなくなってたほど。

でも制作したアルバムも良かったけど、

何より僕にとっては石田さんが好きな音楽や

レコードのチョイスに興味があった。

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特に2002年の米国音楽誌での100枚セレクト

コレは本当に隅から隅まで読んだな。

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日本のロックに対する造詣の深さは凄くて、

その見識にはかなり影響受けた。

僕より年上の東京の人はそんな環境で音楽を聴けたのか、と。

元々この企画が好きでクボタや辰緒さん、フォースオブネイチャーの号も面白かったけど、

石田さんの回が一番読み返す頻度が高い。

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あとは、選曲したCD-RPRIVATE LESSON』シリーズもよく聴いた。

いま流行りの和モノとはまた異なるけど、

ある意味アルバムを聴くよりも

紛れもないECDの世界観が垣間見れる。

後から正規リリース盤も出てたけど、

それよりも、自分家でコピーしてきたCD-Rを石田さんに貰ったようなコレが好き。

(盤面もマジックで書いてるだけだし)

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そして、とどめはECDの音楽史

いるべき場所 In the place to be

ダイアリーをはじめとする石田さんの著書も片っ端から読んだけど、やはりコレ。

パンクやヒップホップとの出会いなど、

石田さんの眼を通した同時代史になってて、

自分との世代や環境の違いを興味深く、

それこそ何回も何回も読んだ。

この本と、プライベートレッスンのCD

そして米国音楽とイルドーザーの作品集

コレが僕にとってのECDベスト。

何は無くともこれだけは大切に置いてます。

あまりにも突然亡くなったので、

まだ哀しいというより実感できないけど、

本当に大ファンでした。

最後に実際にお目にかかったのは明け方の

オルガンバーのフロアで隣に座ってて驚いた時かな。

Twitterで返信貰ったりしただけでも嬉しくなるようなミーハー的なファンでもあり、

音楽を続けるためのやり方、生き方も含めて影響受け実践してみるほどの信者でもありました。

まだ聴いてない近年のアルバムは個人的に新譜として

これからの楽しみにしておきます。

「遅いぞ!追いついてこい!」

の言葉を頼りに、

僕も自分のいるべき場所を探して生きていきます。


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スコット・ラ・ロック 蘇れ

マーヴィン・ゲイ 蘇れ

ボブ・マーリー 蘇れ

江戸アケミ 蘇れ

マルコムX 蘇れ

ジョン・レノン 蘇れ

ポール・C 蘇れ

(『復活祭』より)


今後はこの歌に

MCAD.L.と共にECDの名前を加えて

僕らが歌い継いでいくべき。


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# by imag0020 | 2018-01-29 11:42 | My Favorite Things

会長

遅ればせながら

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

新年早々、頭部を派手に負傷し、

病院で貴ノ岩関のように医療用ホチキスで

縫合されるという波乱のスタートになってしまいました。

負傷箇所が頭なので少し怖かったのですが、

現在は順調に回復しています。

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さて、

僕が私設ファンクラブ会長を務めている、

元阪神タイガースのマット・マートン選手が

この度、アメリカで正式に現役引退を表明しました。

マートンは20102015年までの6シーズン

日本球界でプレイし、

来日初年度の2010年に

オリックス時代のイチローが記録していた

シーズン最多安打記録210本を更新する

214のヒットを打ちました。

この記録は2015年に埼玉西武ライオンズの

秋山翔吾選手に更新されましたが、

依然としてマートンの記録は右打者、セリーグ、外国人選手、それぞれの最多安打として残っています。

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(つまり、2015年までは日本球界のシーズン最多安打記録をアメリカ人のマートンが、メジャーリーグのシーズン最多安打記録を日本人のイチローが保持していたことになる)

6年間で最多安打3回、首位打者1回獲得

ベストナインにも4度選出されています。

阪神において外国人選手、特に打者でこれほどの成功を収めたのは、MVP、三冠王のランディバース以来では?

どうしても日本球界では外国人選手に対して

ホームラン、打点を稼げるパワーヒッターを求める傾向にあり、

マートンのようなヒットメーカーは評価が低くなりがちですが、

一年一年、シビアに結果が求められる外国人選手が6年もの長きに渡って契約を更新してこれたことがマートンの優秀さを雄弁に物語っています。

僕がマートンのファンになったのは、

そのバッティングセンスに魅せられたことは言うまでもないのですが、

それ以上にファンへの対応の素晴らしさを見たからです。

確か来日2年目の安芸キャンプの練習後、

多くのファンが待ち構える前を選手がスルーして宿舎に帰っていく中、

マートンだけが用具を足元にを置いて

その場にいたファン全員にサインを書き始めました。

当然誰か一人にサインすると他のファンも

あっという間に集まってくるのでキリがなくなる。

明らかに疲れているにも関わらず笑顔で全てのファンに対応する姿に心を打たれたのです。

そもそも僕が大ファンだった阪神のリードオフマン赤星憲広の2009年突然の引退で、

もう阪神への興味が薄れつつあったのですが、

その赤星と入れ代わるように入団したマートンによって再び盛り上がってしまいました。

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僕はこれだけ長い間、阪神ファンだったのに、

一度もファンクラブに入会したことがない。

でも阪神というよりマートン個人を応援したいので、

マートンのファンクラブって存在しないのかな?

と調べてみても見つからなかったので、

どうせならファンクラブを作ってみよう!

と思ったのが始まりでした。

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全く関係ないけどザ・スミスのモリッシー

ニューヨーク・ドールズのファンクラブ会長

だった話が好きで、

僕もプロフィールに

マットマートンファンクラブ会長

って肩書きを入れたら面白いなと思ったのも理由ですが。

とは言え、あくまで私設ファンクラブだし、

僕が関西在住じゃないので甲子園でファン同士で集まったりも出来ないので、

とりあえずSNS上にファンページを開設し、

毎日試合後にその日のマートンの打撃成績などをアップしたり、

マートン関連のニュースやグッズなどを地道に掲載し続けていきました。

阪神は熱狂的なファンも多いし、試合に負けたりしたら心ないコメントを書き込む連中がたくさんいることは他のSNSや掲示板でも度々目にしていたので、

マートンが不振で勝敗にでも影響したら荒らされるだろうなと不安もあったのですが、

なぜかそういうこともほとんどなかった。

たまにマートンをディスる過激なコメントが入っても、

「気持ちはわかるけど、ここはマートンファンクラブですよ」

って、他のファンが制止したりするような良質なファンが集まってくれて。

当初はサクラとして周りの知人友人に入ってもらったりして

10人くらいしかいなかった会員数も徐々に増え続け、

現在では1500近い人数になっています。

マートンがアメリカに帰国して2年が経過したのに、

いまだにマートンの近況を知りたいとメッセージが届いたり。

今回の引退報道後、また会員が増えてます。

嬉しいことに知人を通じてマートン本人にもこのファンクラブの存在を知ってもらえたし、

また日本に行きたいと言っているので、

その時こそマートンを囲んでファンの集いを開催したいなという夢ができました。

これほどファンに愛された外国人選手もそうはいない。

阪神が契約更新しなかった時、正直まだ1年~2年は日本で活躍できると思っていたし、

その後の阪神が獲得した外国人打者が全く一軍で起用されないのを見て、

それ見たことか、と思ったりもしました。

年齢もあってメジャー復帰は叶わなかったけど、

カブス3Aでも3割打ってたし日本の他球団が獲得する可能性もあるかなと期待してたのですが

最近、金本監督のインタビューで、理想的な外国人助っ人としてマートンとブラゼルの名前を挙げているのを見て、

今さら何を言ってるんだと思いましたよ。

今後はシカゴカブスのフロント入りし、編成部門補佐に就任するらしいので、日米球界のパイプ役として期待したい。

異国でプレイするのは野球だけじゃなくて、

異なるカルチャーやライフスタイルにもアジャストしなければならないのですが、

マートンは吉野家にハマって通うようになり、

その姿をファンに度々目撃されていました。

実は松山で阪神戦が開催された時にも

「吉野家にマートンが来てます!」

と情報を貰い近所だったので慌てて駆けつけたら私服姿のマートンがホントに吉野家から出てきたのが忘れられません

DJで呼んでもらった静岡で阪神戦があったのでマートンにサインしてもらうためにレコードと別にバット持参で静岡まで行ったり。

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誰かの熱狂的なファンになるってこんなに楽しいのか!

と実感した数年間でした。

マートンに再会できる日を楽しみにして

今後も遠くから応援していきたいと思っています。

最後までメジャー復帰を目指して頑張ったマートン

本当におつかれさまでした。

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カブス時代のグラブの一部を埋め込んだ超レアなカード。
世界に5枚しか存在しない。
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こちらはボールの一部を埋め込んだカード。50枚限定。






































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"Hiroshi" のスペルが "Hiloshi" になってます。

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# by imag0020 | 2018-01-17 09:13 | 野球評判家

苟且

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かりそめのスウィング 甲斐バンド (1975)

僕が最も好きなクリスマスソングがコレ

(ポーグスは置いといて)。

アコースティックスウィングって言うか。

ZOOT16でこの曲カバーすればいいのに。

この曲がクリスマスソングとして

認知されているかどうかは知らないけど、

とにかくタイトルも曲も歌詞もカッコいい。

http://j-lyric.net/artist/a0020f1/l011428.html

「うかれたジングルベルを

  はきだすかのように

  二人とぶように踊り狂った」

小沢『流星ビバップ』の

「やがて種を吐き出すような

  固い固い心のカタマリ」

と並ぶ、二大「吐き出す」リリックか。

そもそも「かりそめ」って言葉が好き。

僕くらい「かりそめ」な人生送ってる人はいないから。





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# by imag0020 | 2017-12-24 08:01 | My Favorite Things
line

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


by imag0020
line
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