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アイマグブログ― カマタヒロシ 

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回想

15年間もの長きに渡って松山のクラブシーンを牽引してきた

レゲエパーティBUSRIDEのファイナルが開催されたのが

今から6年前2013年。

https://imag002.exblog.jp/21077524/

その時の記事に僕はこう書いている。

同世代の西田さんや池田さんが

まだバリバリ現役なのも励みになる

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「西田さん」とは、またの名をJah Master

ファウンデーションマスター Master Media

「池田さん」とは、またの名をJudoman

オリジナルスーパージャップ Ninja Force

僕はこのベテラン2人とともに久しぶりにバスライドのDJブースに立った。

誰かが発した「ビッグスリー」揃い踏みで、

ブースに3人で並んだら一斉にフラッシュが光り、

ちょっとした撮影会みたいになった。

現役でバスライドを盛り上げているサウンドの連中に申し訳ないけど主役気分になった。

みんな笑顔だった。

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ビッグスリーなんて持ち上げられても、

僕以外の2人は全国のレゲエシーンに名を成す重鎮。

僕はその本流とは離れた場所で活動してきた。

けれど、いつだって同世代の彼ら2人の存在が刺激となっていたことは確かだ。

そういう意味でも一堂に会したあの夜のことは忘れられない。

たった6年、されど6年。

2人とも突然いなくなってしまった。

まだ僕にはいまいちピンとこない。

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マスターメディアこと西田さん、

30年以上前に知り合った頃は本名の「イクシ君」なんて呼んでた。

僕ら世代の松山の人なら知ってる老舗ショップの「ジーパン屋の倅」。

当時はラフォーレ松山でお店をやってた。

誰かに「ラフォーレにレコードいっぱい持ってる人がいるよ」って教えられ、

遊びに行ったらイクシ君がいた。

アメカジに精通したお洒落な人だった。

イクシ君は地元の高知ではパンクスだった。

進学した文化服装学院の入学式の写真には、

スタッド打ちまくりの革ジャン着たハードコアスタイルで写ってたのに、

卒業式の写真ではラルフローレンのボタンダウン着るような人に変わってた

すぐに意気投合して自宅に遊びに行ったら、

レゲエのレコードがずらっと並んでた。

本当に驚いた。

僕らはその頃、BPMってクラブで夜な夜な遊んでいたが、

レゲエのレコード、しかも流行り始めていたダンスホールのレコードなんて、

ピンチャーズやタイガーなど有名どころが数枚あるだけだった。

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そんなの売ってるレコ屋も松山には無かったし、

情報を得る手段も限られていた。

そんな時にイクシ君に出会ったものだから、

思わず「ねぇねぇ、絶対DJやった方がいいよ!」ってスカウトし、クラブ未体験のイクシ君にレコードを選ばせて強引に誘った。

モチロン、イクシ君はDJのプレイ方法もわからないので、

イクシ君が選曲した盤を井坂さんがかけ、僕はフロアで踊っていた

イクシ君も楽しかったようで、程なくしてセレクター稼業を始め、ジャーマスターと名乗るようになった。

そう、僕はマスターメディアの生みの親なのだ。

僕がよく語っている「岡本太郎とイエローマンとスラロビが並んでいたジャパスプ」や、

ミュートビートのライヴなんかもほとんどイクシ君と行った。

一緒に京都~大阪までレコード買いツアーに行き、朝から晩まで買いまくったり、

野球やったりプロレスやったり若い頃は本当によく遊んでた。

カルビープロ野球チップスじゃなくて、

なぜかカルビーバットマンイカスナック(1989年)のカードを集めるのが流行って競い合ったり。

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レコードだけじゃなく、古着、オモチャ、

お互いなんでもコレクションするのが好きだったけど、

彼の財力に毎回惨敗してました

当時はDJの数も少なかったからパーティもほとんど一緒にやってたな。

みんなから「ジャー」なんて呼ばれてても、

僕にとってはイクシ君であり「西やん」であり、

それがいつしか微妙な距離を感じはじめ「西田さん」に変化していった。

僕がバスライドを辞めてからお互い別々のフィールドで活動するようになり、

会う機会も徐々に減っていったけど、

ある時、大分のクラブにゲストで呼ばれたら、

別でマスターメディアも呼ばれてて、

なぜか松山じゃなく大分で久しぶりにリンクして。

あの時はクラブに行く前の焼鳥屋で再会を祝してめっちゃいっぱい喋ったな。

その後も何度か現場が一緒になったけど、

会うといつも「カマちゃん元気?」ってニコニコして変わらなかった。

僕は常日頃からマスターメディアのサウンドスタイルをよくディスってたんですよ

世界に一枚しかないダププレートが聴ける」

みたいなことをフライヤに書いてたら、

対抗して「どこにでもあるレコードで踊れます」とか書いたり。

レアなレコードの所有枚数ではとても勝てないから僻んでいたのか、

いま思うと僕は結構意識してたんだなって。

今なら大人に楽しんでもらえる選曲を2人でやれたのにな。

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↑一緒に出たのはこの時が最後かな

バスライドの頃、

マスターメディアもジュードーも、

DJブースで僕が出番を待ってたら

次の曲で交代を意味する

ファイナルチューン!」ってマイクで言ってからが長くて

なかなか代わってくれない

「何曲ファイナルチューンあるんや」って思いながら待機してたのを思い出す。

2人ともあの頃は持ち時間過ぎても延々と粘ってたのに、

なんでこんな急にフッといなくなるんですか?

人生のファイナルチューン早すぎだわ。

次のビッグスリー開催まで

しばらくジュードーと待ってて!

(意外に早く実現するかも 笑)

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Down with the King !


by imag0020 | 2019-04-20 23:40 | My Favorite Things

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


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