アイマグブログ― カマタヒロシ 

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カテゴリ:My Favorite Things( 191 )

古称

最近やたらテレビから聞こえてくる

「紀州のドンファン」

と言うフレーズに反応してしまう。

紀州のドンファンってなんなん?

僕的には事件の内容は関係なくて、

もう、その紀州のドンファンの連呼に引っかかってて。

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僕が子供の頃に浜田朱里って歌手が歌った

『さよなら好き』(1980年)

ていう曲の歌詞に

「恋はドンファン、昨日は青い、明日は赤い~」

っていうフレーズがあって、

「ドンファン」が何なのかも知らず、

歌詞の意味もサッパリ解らないけど、

ドンファンの響きだけで記憶していたので、

たった今検索して

「へー、この歌ってこんなタイトルだったのか」と。

てっきり『恋はドンファン』ってタイトルだと思っていた。

ドンファンって、それ以来何十年も聞くことのないフレーズだった。

で、ドンファンがプレイボーイの代名詞で、とか

ドンファンの実態もどうでもよくて、

もう、ただただマスコミ含めてみんな

「ドンファン」て言いたいだけやん、て思えてきた。

大体こういう呼称って本人が、

「どうも、私が紀州のドンファンです」

って自称した訳じゃなくて、

人呼んで「紀州のドンファン」ってことでしょう?

そう考えたら「紀州のドンファン」って面白いなと。

だって、この方、物凄い資産家らしいけど、

芸能人でもなんでもない、要は一般人ですよね?

一般人だけど、ワイドショーなんかで取り上げるのに

何かしらの肩書きが必要だから、

大手マスコミがこぞって、まず冒頭に

「紀州のドンファンと呼ばれた資産家の」

ってところから始めてる。

ワイドショーじゃない一般のニュースでも

ご丁寧に「紀州のドンファンと呼ばれた〜」って。

今までも周りや地元の人からも、

「あー、あの紀州のドンファンね」

って言われ続けて来たんだろうけど、

必ずその後に心の中で苦笑されてたと思うんですよ。

そもそも「〇〇の〇〇」って形容詞は

いろんな分野でよく使われるけど、

ちょっと相手を小馬鹿にしてるような気がしませんか?

例えば野球選手だと、ダルビッシュ登場以降、

ハーフのピッチャーが出てくる度に

「〇〇のダルビッシュ」なんて呼ばれてた。

最終的には長身で右の本格派投手は全て

「〇〇のダルビッシュ」を襲名させられて、

全国各地にダルビッシュがいた。

(ちなみに藤浪晋太郎も高校時代は浪速のダルビッシュと呼ばれていたが、

そもそもダルビッシュ自身が本来は大阪人なのでややこしい)

他にもT-岡田の「浪速のゴジラ」、

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阪神の秋山拓巳も「伊予のゴジラ」、

川崎宗則の「サツロー(薩摩のイチローらしい)」

などは、まぁ期待値も込めての呼称だったのかな?

とも思えるけど、

それなりに成功した選手でも、

やはり分母に来る選手を超えられない感じが出てしまう。

ま、こういうのは「〇〇二世」的な表現に近いかな。


あ、野球以外だと、

キダタロー先生の「浪速のモーツァルト」とかね。

まず「和製モーツァルト」でもなく、

「浪速の」って言ってる時点でもうイジってる感ある。

僕なんか「ヒロシ」って名前でDJやってるだけで、

某ベーシストから「松山の藤原ヒロシ」って呼ばれたことあるけど、

もう完璧に小馬鹿にしてますやん って。

(そもそもヒロシって名前のDJは山ほどいる)

分母に偉大な人物が入らないと成立しない

「〇〇の〇〇」だけど、

やはり何というか特徴的な人、名前じゃないと

面白みに欠ける感じはある。

さっきの「浪速のゴジラ」「伊予のゴジラ」なんて、

もう松井秀喜を一回「ゴジラ」って例えて

コスリ倒した後で、浪速のゴジラだから。

これも「浪速の松井」「伊予の松井」じゃ面白くもなんともないし。

それと、あえて地名を「愛媛の」じゃなくて「伊予の」って言ったり、

「大阪の」じゃなくて「浪速の」って古称で言ったりするのも決まりでもあるのかな?

僕も「伊予の藤原ヒロシ」なら、より面白くなる気もするけど

やっぱかなりキツイものがあるな。

あ、ヒロシで思い出したけど、

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DJの山下洋 君って人がいて、

フリーダムスイート~ワックワックリズムバンド、フリーソウルムーヴメントと、

それこそ先日の渋谷系トークでも頻繁に名前が出てくるような人物で、

僕もかれこれ何年も前にオルガンバーで再会して以来ご無沙汰していて、

そういえば、山下君なんて

「〇〇のポールウェラー」って呼ばれてたなぁって、

ふと思い出し検索してみたら、

いろんな記事で名前が出るわ出るわ。

これが最高に面白くて、 まず、

「日本のポールウェラー」に始まり、

「東京のポールウェラー」、

「渋谷のポールウェラー」、

「宇田川町のポールウェラー」、

で、最終的に

「狛江のポールウェラー」って

ポールウェラーのポジションは守りながらも、

定位置がどんどん縮小されてた

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ドンファンよりポールウェラーの方が面白いわ。

僕も「〇〇のテリーホール」って呼ばれたかったな。


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by imag0020 | 2018-06-08 21:46 | My Favorite Things

洗練

既に2週間近く経過しているようですが、

D.A.T. (Dub Archanoid Trim)

DJ KENTARO IWAKI こと

岩城健太郎氏の訃報を知りました。

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岩城君は下北沢スリッツ後期にプレイしていたり、

CISCOでスタッフとして働いていたりと、

わりと身近な人たちと関わりがあったことから紹介されたのですが、

2004年に自分も『Wild Paarty Sounds』という

ニュールーツやステッパー、ダブ系の選曲でパーティをやったりするような攻めていた時期だったこともあり、

川辺ヒロシ君との『DUBMOSPHERE』で

松山に来てもらったことがあります。

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2004.02.21(SAT) "DUBMOSPHERE" @ club BIBROS

DJ HIROSHI KAWANABE + KENTARO IWAKI

KAMATA HIROSHI LOUIS NISHIOKA and MORE


僕なんかはちょっと暗い系というか英国経由の冷んやりしたダブに行きがちでしたが、

岩城君の選曲はもっと洗練された感じで都市のダブって感じでカッコよかったですね。

同時に地方のシーンやクラブを取り巻く環境に対しても独自の考えを持っていて、

意外に熱く語る人だったのも記憶に残ってます。

よく長文のメールでもやり取りしました。

松山ではそのたった一度きりでしたが、

僕らに強いインパクトを残した岩城君。

急な訃報に本当に驚きました。

残念です。


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ミックス CD

STRICTLY ROCKERS Chapter.4

DUB ARCHANOID REGGAE

今でも時々聴いてます。



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by imag0020 | 2018-04-10 08:53 | My Favorite Things

拮抗

唐突だが10年ほど前から豆乳が好きだ。

特にこだわりがある訳ではなくて、

普通にコンビニに売ってる紀文の豆乳を

普通に飲むのが一番好き。

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あのパッケージの謎のポップアートも好き。

ま、紀文の豆乳はそれなりに飲みやすい味に調整されてるのだろうが、

健康の為というより普通にあの味が好き。

無調整の豆乳も普通に飲めるけど。

で、ハマった当初は豆乳が入った食べ物ならなんでも試していて、

豆乳プリン、豆乳ドーナツ、豆乳アイスなどのお菓子から、

女子力高そうな豆乳鍋まで食べに行ったり。

ある日、コンビニで初めて見る豆乳クッキーを見つけて、

オッ、新製品か、と思って何も考えずにレジに持ってったら、

犬用」って書いてて慌てて戻したこともある。

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(犬に豆乳の味がわかるんかい!とツッコミながら)

あちこちで豆乳好きを公言してたら某RICO SWEETSでも、

座ったら自動的にソイラテが出てくるようになっていた。

(ちなみにメニューには無いそうだ)


で、ここからが本題なのだが、

最近は全くお酒を飲まない生活を送っていて、

たまにご飯を食べに行ってもノンアルコールビールを頼んだりしている。

DJもやってないからクラブにも行かなくなって余計に呑む機会も無くなった。

そもそも僕は毎日お酒を飲むタイプでもなかったのだが、

別に飲めない訳でもないしお酒が嫌いな訳でもない。

ビール1杯と麦(or米)焼酎のウーロン割を

食事の補助として嗜む程度ではあるが、

最近はそれすら呑まなくなっていた。

そんな嗜好品の無い日々を送っていたら、

僕の松山城DJを毎年ブッキングしてくれている

和モノディガー江戸がオープンさせた、

リバーサイドなんちゃら

とかいう名前のポテト屋が帰宅ルートに出来ていて、

通りがかりに遭遇した際に

「カマタさんの絶対好きなのがあるんで是非1杯奢らせてください」

と、得意の無理矢理プレゼンで出てきたのが

キンミヤ豆乳だった。

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キンミヤ豆乳とは読んで字の如し、

キンミヤ焼酎を豆乳で割ったもので、

見た目はこの通りお酒って感じはしない。

お酒呑むのは躊躇したが、豆乳を使っているものはとりあえず試したいので恐る恐る呑んでみるとコレがホントに美味しい!

豆乳を投入する比率はよくわからないけど、

僕が呑んだものは焼酎より豆乳の方が強かった。

とにかく味が気に入った!

聞けば代官山UNITに勤めていたM君が松山に移住してあちこちに持ち込んでからというもの瞬く間に河原町界隈で流行り始めたらしく、

キンミヤナイトなるパーティまでやってるらしい。

いつの間にか街の事情から取り残されていた。

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それは良いとして、このキンミヤ焼酎って、

松山のバーや居酒屋でもほとんど見かけないような気がする。

江戸が言うには松山の酒屋やコンビニでキンミヤを取り扱ってる店が極端に少ないらしい。

じゃあ、キンミヤ豆乳を飲みたければリバーサイドなんちゃらに行くしかないのか?

気になってそれ以降コンビニやスーパーの

リカー棚を見ても本当に置いていなかった。

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実は以前から東京モッズシーンの古株の方が

シャリキン』という

「キンキンに凍らせたキンミヤ」

のパッケージを神宮での野球観戦のお供として

SNSに度々アップしているのを見て、

そのラベルのデザインに惹かれていたのだが、

それこそがこのキンミヤだったのだ。

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その話をすると江戸からキンミヤのパンフとステッカーまで貰って大満足。

あ、ちなみに正式な名称は亀甲宮(キッコーミヤ)焼酎らしく、

もう一つちなみに言うと紀文の豆乳も現在はキッコーマン豆乳になっている。

と言うわけでキッコーミヤとキッコーマンの拮抗(コラボ)の話でした。


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by imag0020 | 2018-03-23 05:44 | My Favorite Things

擂木

誰かの訃報の度にこうやってブログに書くのも偲びないが、

亡くなった左とん平さんのレコードについて書く。

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とん平のヘイ・ユウ・ブルース

は、元祖和製レアグルーヴクラシックとして

DJの間で90年代に一大リバイバルが起きた曲だ。

オリジナルリリースは1973年、

同じく90年代に再評価された

かまやつひろしゴロワーズを吸ったことがあるかい

https://imag002.exblog.jp/17007474/

の2年前にリリースされている。

当時そこそこのヒットにはなったようだが、

小学生の僕は全然知らなかった。


90年代初頭には僕らの間では有名だったけど、

誰が最初に見つけてきたんだろう?

スチャダラパーのデビューアルバム

スチャダラ大作戦』(1990年)のCDの中に

自分達の好きなゲームやらレコードやら、

漫画やら何やらを並べて撮ってる画像の下に

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DEDICATED TO TONPEI LEFT

って書いてるし、

そう言えば「ヘイユー!」ってフレーズも、

スチャダラパーのテーマpt.2

で既にサンプリングしていた。

確かにJBっぽいし、

そうやってドリフクレイジーキャッツなんかと共に

和ネタを効果的に使うことが初期の彼らにとって重要な表現だった。


ただ、ヘイユウブルースって、

いかにも企画モノって感じのレコードだけど、

探してみたら中古盤屋でも意外にあっさり見つかったので

結構ヒットしてたんだなと思った。

確かに深町純のアレンジもヤバイし、

セリフ混じりの唱法も面白いのだが、

だからと言ってフロアで大ウケするような曲とも思えないし、

曲の存在を知らないと盛り上がらないだろうなと思って、

DJの時の扱いが難しかったのを記憶している。

ただ、B面の『東京っていい街だなぁ』を

93年にECがカバー?したり、

そんな効果もあってか95年にCD化されて、

僕も始めたばかりのラジオではネタとして重宝してた。

その時点で僕らの中では当たり前すぎる曲ではあったけど。

いま想えば僕らの和モノ探しの原点みたいな曲。

ヘイユウブルースとゴロワーズ、あとは、

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日野皓正クインテット『スネイク・ヒップ』

あたりはみんな探してた和レアグルーヴだった。


で、左とん平はヘイユウブルースの翌年にも

同じくミッキーカーチスのプロデュースで

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とん平の酒びたり人生』(1974年)

ってシングルをリリースしていて、

僕はこっちの方が断然好き!

こっちは全然話題になってないし、

当時も売れなかったのか中古盤でもあまり見かけないけど、

どちらかと言えば設定されたキャラを演じた

ヘイユウブルースよりも、酒びたり人生の方が

左とん平の本来の姿に近いような気がする。

(勝手にそう解釈してますが)

男の悲哀を感じさせる歌の内容に、

バスターポインデクスター的な

ゴージャス感ある演奏が乗ってて完成度も高い。

僕の和モノDJには欠かせない一曲だ。

次のシングルはスウィングで行こうって

ミッキーカーチスのアイディアなのかな。


それにしても、あらためて昭和って、

レコードが最先端メディアだったんだなと思う。

ヒット商品、人気のテレビ番組、映画、ギャグ、流行語、

コメディアン、俳優からスポーツ選手、子供まで、

ちょっとでも世間で話題になったり、関心を集めたら

即レコードをリリースしていた時代だった。

僕は左とん平の俳優としての活躍をあまり知らない。

寺内貫太郎一家』でさえ観てないし。

西遊記』に出てたのはよく記憶してるけど。

でも、あれもヒットした最初のシリーズで西田敏行が演じてた

猪八戒の役者が左とん平に代わったことで子供心に不満だったなぁ。

だから、左とん平は僕の中ではシンガーかな。




(文中敬称略)



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by imag0020 | 2018-03-02 12:02 | My Favorite Things

紺帽

最近(と言ってもここ半年ほどの間)に

立て続けにニューキャップを手に入れた(いただいた)。


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NEIGHBORHOOD

"WHO DARES WINS" N-CAP

2017SSコレクションより。

全面メッシュなのが面白い。

このスローガン "Who Dares Wins" も良い。

要は「やったもん勝ち」みたいなことか。

カラーはモチロン、ネイビー。

昨年、SDPシンコちゃんも松山にDJに来た時に色違いのを被っててビックリ。


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THE ZOOT16 SK8BOARD CAP

コレもメッシュキャップ。

確か昨年の松山ライヴの際に物販にあったけど

速攻売り切れてたみたいで、

俊美さんに復刻リクエストしてたら、

1年経ってやっと手元に届いた。

このスケートロゴかなり好き。

ただ、できればネイビーが欲しかった!

ネイビー作って!


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MENSOUL cap

最も衝撃的なキャップ。

「松山市の若者向け衣料品店」

(Google検索したらそう書いてた)

IRIE(アイリー) 松山市湊町3丁目 にて。


昨年夏にアイリー店主とすれ違った時に

「メンソウルのTシャツ作りたいんすけど、

誰に許可得れば良いのですか?」

と、聞かれ、

「なんでそんなもん急に?」

と、聞くと、

昔からその名前が好きだったらしく、

店のオリジナル商品で使いたいとのこと。

メンソウルとは千舟の定位置で

僕らが最初に始めたレコード屋の名前だ。

1996年からZOOTを始める2000年まで

同所にて営業していた。

当時はヒップホップのレアな12インチや、

サンプリングネタやブレイクの収録された

ソウル、ファンク、ジャズ、プログレ、サントラ等、

いま思えばかなり上級者向けのレコードを扱っていた。

モチロン、ニューウェーヴからレゲエまで、

僕らがDJする上で欠かせない音源も含めて。

独自の品揃えだったと思う。

折からのサバービア、フリーソウルのブームや、

ミックステープ黄金時代の到来で、

中古盤を掘る行為自体が一種のトレンドになっていたこともあり、

地方とは言えそれなりに中古盤市場に需要があった。

エレベーター無し、2階は金融屋、

入り口も階段も狭い旧い雑居ビルの4階、

決して入りやすいとは言えない場所で

マニアックなレコードを売る、という

商売の鉄則から大きく逸れた条件を兼ね備えた店でありながら4年もやれたのが凄い。

アイリー店主も緊張しながら買いに来てたらしい。

メンソウルは閉店後に相方が地元京都に帰り、

移転という形で新たなスタイルを提示しながら営業していたが、今はもうない。

なので、グッズ作る許可なんて別にいらないよ、と。

メンソウルの命名は確か自分だったので、ご自由にどうぞ、とも。

そしたら、翌月くらいに、

「キャップ出来たので見に来てください」

と、連絡も貰った。

アレ?Tシャツって言ってたような気がするが、

本当にグッズ作ってるのが凄いし、

今となってはメンソウルが何かなんて知らない世代が買うことになるのだから面白いなと。

まぁ、何処かで「伝説的なお店」って、

盛りに盛って語り継いでいってくれればなと。

欲しい人はアイリーにお問い合わせください。

6色くらいあるみたい。

僕はモチロン、ネイビーにしました。

紹介するのが随分遅くなったので、

まだ在庫あるのかは不明。


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JPオリジナルキャップ(非売品)

最後は最も最近手に入れたキャップだが、

諸事情により画像をお見せすることはできない。

自分がかぶるとコスプレ感満載になるので、

未開封のまま置いてある。

いつか解禁する時が来るのだろうか。

ただし、コレもネイビーだから合格。


と、ここまで読んで思った人もいるだろう、

アンタ普段からキャップなんか被ってないやん」と。

確かに今では帽子をほとんど被らなくなった。

一時よく被ってたハットも被らないし、

唯一、DJの際にトレードマーク的に

オリジナルのキャスケットを被るくらいだ。

お気に入りのカンゴールも被るタイミング無いし。

しかし、元々は80年代後半のビースティボーイズ1st~スイサイダルテンデンシーズ~第2次スケートブーム直撃世代ゆえ、

当時はキャップを被らない日はなかったし、

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90年代に入ってもトリオ・ザ・キャップスの出現で、

さらにキャップ好きになってた。

ZOOT時代にはオリジナルのメッシュキャップ作りもやったことあるし、

僕が所有してたBig Audio DynamiteのキャップをベースにDOARATで身内復刻したこともある。


それで、

久しぶりにキャップ作りしたいなと思ってて、

それはいま「一番」気になってる

The 1st Shop

の影響が!なんです。

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このオリジナルメッシュキャップ

昨年見た瞬間もう一目惚れしました。

でも、もう無いみたいでガッカリ。

このネイビーの欲しいなー。

ここのオリジナルアイテム、

デザイン、コンセプト、展開する規模、

嫉妬するくらいに全てにおいて最高。












あと、マジな話、怪我してから頭部を保護するためにも

キャップ着用を自身に義務付けようかとも思っていた。


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by imag0020 | 2018-02-23 09:06 | My Favorite Things

燐寸

僕のミックステープやCDに冠した

タイトルの元ネタである、

ロックステディの至宝コンピレーション

HOTTEST HITS (Treasure Isle)

僕が産まれた頃にリリースされた

このアルバムは全3タイトル、

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ビートルズの青盤・赤盤のように、

黒・青・赤と3色のジャケに分かれており、

(ちなみにビートルズにも『HOTTEST HITS』なるコンピ盤が存在する)

僅か2~3年ほどの流行ではあったが、

ジャマイカ音楽の歴史上、

スカとレゲエを繋ぐブリッジとして重要な位置づけとなった

ロックステディ珠玉の名曲がタップリ詰まった名盤だ。

ロックステディとは何かを知りたいなら、

まずこのコンピを聴けば確実に理解できる。

僕は内容もさることながら、

このマッチジャケがお気に入りで、

ZOOT時代には3枚並べて壁にディスプレイしていたものだ。

当時、ショップで好きな音楽に関連したオリジナルのTシャツやグッズを展開していて、

そのインスパイアの源としてレコードのカバーアートは欠かせないものだった。 

ある日、このホッテストヒッツのジャケが

ふと目に留まり、

「このマッチが本当にあれば面白いかも?」

と、思い早速ラフ画を描いてFAXを送った。

黒・赤・青のマッチ3箱セット

ホッテストマッチ

僕は非喫煙者だが、スカやロックステディをかけるDJが、

ブースで煙草にマッチで火を点けてるとカッコいいんじゃないか?と。

別に使わなくても置いとくだけでお洒落?だし、

お土産にも売れそうな気がしたので自信を持ってプレゼンしたのだが、

結局コストが合わなかったのか、

ボツにされてしまったのだった。

今から15年ほど前の話だ。


時は巡り、先日のこと、

いま、甘いのを歌わせたら日本一の

トロピカルレゲエシンガー、アスキーこと、

asuka ando が、

BestMatchCorner なる人物?の、

マッチアート展の紹介をしているのを偶然見た。

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アスキーの7インチやCD等、

数々の作品のアートワークをマッチにしたものが並んでいて、

へー、コレはイイ!と思って眺めてたら、

その中に、アレ?コレは?と、目に留まったのが、

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なんと、あのホッテストヒッツのマッチ!

ウワー、コレ、昔、全く同じ物を考えてたことあったのに!

と、テンション上がってしまった。

僕の考えてたのはジャケそのままをマッチにしたものなので

厳密には少々異なるのだが、

コンセプトは全く同じ、

思わずアスキーに「これヤバイ!欲しい!」

と、コメントを送った。

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そしたら先日の日曜日、

RICO SWEETSで開催したラジオDJの際に、

先月リリースされたアスキーのニューアルバム

あまいひとくち

と、ともにマッチが届いたのだ!

コレが売り物だったのか、

単なる展示用だったのか、

その辺の事情も何も知らず、

画像を見て思わず「欲しい!」と、

コメントしただけなのに現物が目の前にある!

こんな「あまい」現実があるだろうか?

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実物を見て、よりマッチの魅力に惹かれてしまった。

今回はマッチにしか触れないが、

asuka ando のニューアルバムについては

また改めて書かなくてはならない。

なぜならとても素晴らしい作品だから。

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シングルにもなったタイトル曲は、

僕の好きなアップセッターズのインスト曲

"5 CARDIFF CRESCENT"

をオケに使用していて驚いた。

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ドンドラモンドJr. こと、ヴィンゴードンの

トロンボーンをフィーチャーした曲で、

僕がよくかけていたので聴いたことある人もいると思う。

あの曲をリディムにして歌ってしまう

アスキーの(レゲエマナーに則った)センスに脱帽。

いま、いろんな歌い手がいるけど表現力は群を抜いている。

こういう作品に出会うと、

つくづく番組をやっていないのが悔やまれる。

もっと詳細に特集して聴かせたいのに。

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とは言え、先日のようなラジオショーを開催させてくれた

会場のRICO SWEETSと、

大して告知していなかったにも関わらず

集まってくれたお客さんに心から感謝しています。 








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by imag0020 | 2018-02-16 06:52 | My Favorite Things

回葬

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ECDこと石田義則さんが亡くなった。

僕の大きな心残り、

それはECDDJとライヴを松山で体験できなかったことだ。

僕とクボタタケシによるHOTTEST NEO CLASSICS

でもゲストDJとしてECDの名前が挙がっていた。

数年前にはかなり具体的な日程まで上げてオファーさせてもらったのだが、

石田さんの現場仕事の都合が合わず見送った経緯があった。

例え上手く調整して仕事終わりで最終便に乗り、

松山まで来れたとしても始発の新幹線で東京に戻るくらいの

時間じゃないと仕事に間に合わないというので、

夜中に地方での出演は難しいということだった。

仕事を休める日も1ヶ月前にならないと確定しないので、

当然その日まで正式な告知も出来ないし、

クボタやクラブのスケジュールにも影響する可能性があった。

だったらこちらが合わせるしかない。

クボタもリスクを承知の上で石田さんを誘ってくれていたし、

石田さん本人も行きたいと言ってくれていたようなので、

なんとしても実現させたかったのだが

その後、体調を崩されたりしたこともあり、

しばらく厳しいだろうなと思ってオファーも封印していた。

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僕がECDという存在を知ったのは、

1987年頃にフジテレビで放送されていた

深夜のカルトプログラム『FM-TV』の中で

藤原ヒロシさんと高木完さんによる

タイニィパンクスのコーナーがあって、

そこで「新人レゲエディージェイECD

って紹介されていた時。

その時の石田さんが27歳。

新人と言っても完ちゃんより年上なんですけど

みたいなトークをしていたのを記憶している。

初期はチエコビューティーとコンビネーションで歌ったりしていたし、レゲエ寄りの人って認識していた。

その後、

MAJOR FORCEからリリースして、

初めてライヴを観た時は川辺ヒロシ君がバックトラックを刻むセレクターを務めていたのもよく憶えている。

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このツアーで高松にも来た


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このコンピ盤でDJ DOC HOLIDAYこと須永辰緒さんとの

コンビでやった『マンション』も懐かしいし、

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ECD主宰の『CHECK YOUR MIKE』では、

自ら司会もやっていて、TONEPAYSCARTOONS

キミドリA.K.I.も出ていた。

そう言えば、その時のフライヤの問い合わせ先の電話番号に、

普通に 03-〇〇○ ISHIDA って書いてて、

エッ、コレッてECDの家の番号⁉︎って驚いたり。

石田さんは後に、

隠さないといけない個人情報なんて何もないって、

自宅の住所なんかも堂々と掲載してたけど、

もう、当時からそんな感じだったな。

あのフライヤどこかに残してあるはず。

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あ、パブリックエネミーFight The  Power Live

の輸入盤VHSを買ったら日本のツアーのシーンにECDや完さんが一瞬映ってテンション上がったことも。


石田さんはニューウェーヴな音楽家だった。

後期はサックスを手に盟友イリシットツボイ君とのコンビで

ヒップホップを解放しながら最後までニューウェーヴなヒップホップを実践していた。

ラッパーとしても印象的なフレーズ、ラインを多数残している。

「やりきれないことばっかりだから、レコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードをレコードを聴いている、今日も」

(DIRECT DRIVE)

なんて、こんなシンプルなリリックの繰り返しで、

僕らの心情を代弁してくれるなんて。

どんだけいろんなとこで使わせてもらったことか。

日本語ラップ史上最高の発明かも。

あとは、さんピンCAMPオープニングでの

J-RAPは死んだ、俺が殺した」宣言も、

ジョニーロットンの「ロックは死んだ」発言を

当時のシーンに置き換えてたんだと思う。

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ECD監修 PERFECT BEATS
この本もレコ屋時代にお世話になった。
ヒップホップの重要な12インチはコレでチェックしていた。

好きな曲は挙げるとキリがないが、

『マス対コア』や『ブギーバック』アンサーソング、

四街道とやった『銭の花』、

『ロンリーガール』はモチロン、

やはり『サマーマッドネス』も。

ミュートビートのレコードを回転数チェンジしてそのまま使った

After the  Rainは、もう真骨頂。

コレを7インチでリリースしたのも最高。

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あとはデモのテーマ曲『言うこと聞くよな奴らじゃないぞ

も7インチだったな。

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君は薔薇より美しい

この12インチもアートワーク含めて好きだ。

もう、イルドーザーのグラフィックがそこにないとECDの作品は完成形とは言えないような。

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GAS BOOK 06 illdozer


そして、ECDがその本領を発揮し始めたのは

ベスト盤『MASTER』リリース時のCCCD問題に端を発するcutting edge離脱後の

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アルバム『失点インザパーク』(2003年)

からの真のインディペンデントなリリースや

表現活動こそが石田さんの底力だった。

MAJOR FORCEcutting edge 時代よりも

精力的にリリース量も増えファンを自認する

僕ですら追いつけなくなってたほど。

でも制作したアルバムも良かったけど、

何より僕にとっては石田さんが好きな音楽や

レコードのチョイスに興味があった。

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特に2002年の米国音楽誌での100枚セレクト

コレは本当に隅から隅まで読んだな。

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日本のロックに対する造詣の深さは凄くて、

その見識にはかなり影響受けた。

僕より年上の東京の人はそんな環境で音楽を聴けたのか、と。

元々この企画が好きでクボタや辰緒さん、フォースオブネイチャーの号も面白かったけど、

石田さんの回が一番読み返す頻度が高い。

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あとは、選曲したCD-RPRIVATE LESSON』シリーズもよく聴いた。

いま流行りの和モノとはまた異なるけど、

ある意味アルバムを聴くよりも

紛れもないECDの世界観が垣間見れる。

後から正規リリース盤も出てたけど、

それよりも、自分家でコピーしてきたCD-Rを石田さんに貰ったようなコレが好き。

(盤面もマジックで書いてるだけだし)

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そして、とどめはECDの音楽史

いるべき場所 In the place to be

ダイアリーをはじめとする石田さんの著書も片っ端から読んだけど、やはりコレ。

パンクやヒップホップとの出会いなど、

石田さんの眼を通した同時代史になってて、

自分との世代や環境の違いを興味深く、

それこそ何回も何回も読んだ。

この本と、プライベートレッスンのCD

そして米国音楽とイルドーザーの作品集

コレが僕にとってのECDベスト。

何は無くともこれだけは大切に置いてます。

あまりにも突然亡くなったので、

まだ哀しいというより実感できないけど、

本当に大ファンでした。

最後に実際にお目にかかったのは明け方の

オルガンバーのフロアで隣に座ってて驚いた時かな。

Twitterで返信貰ったりしただけでも嬉しくなるようなミーハー的なファンでもあり、

音楽を続けるためのやり方、生き方も含めて影響受け実践してみるほどの信者でもありました。

まだ聴いてない近年のアルバムは個人的に新譜として

これからの楽しみにしておきます。

「遅いぞ!追いついてこい!」

の言葉を頼りに、

僕も自分のいるべき場所を探して生きていきます。


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スコット・ラ・ロック 蘇れ

マーヴィン・ゲイ 蘇れ

ボブ・マーリー 蘇れ

江戸アケミ 蘇れ

マルコムX 蘇れ

ジョン・レノン 蘇れ

ポール・C 蘇れ

(『復活祭』より)


今後はこの歌に

MCAD.L.と共にECDの名前を加えて

僕らが歌い継いでいくべき。


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by imag0020 | 2018-01-29 11:42 | My Favorite Things

苟且

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かりそめのスウィング 甲斐バンド (1975)

僕が最も好きなクリスマスソングがコレ

(ポーグスは置いといて)。

アコースティックスウィングって言うか。

ZOOT16でこの曲カバーすればいいのに。

この曲がクリスマスソングとして

認知されているかどうかは知らないけど、

とにかくタイトルも曲も歌詞もカッコいい。

http://j-lyric.net/artist/a0020f1/l011428.html

「うかれたジングルベルを

  はきだすかのように

  二人とぶように踊り狂った」

小沢『流星ビバップ』の

「やがて種を吐き出すような

  固い固い心のカタマリ」

と並ぶ、二大「吐き出す」リリックか。

そもそも「かりそめ」って言葉が好き。

僕くらい「かりそめ」な人生送ってる人はいないから。





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by imag0020 | 2017-12-24 08:01 | My Favorite Things

直交

https://www.youtube.com/watch?v=pAgnJDJN4VA&feature=share


ロックの歴史上最も偉大なバンドは?

と聞かれたら、

迷わずAC/DCと(敢えて大袈裟に)答える。

(日によって変更になる場合があります)

AC/DCの名前くらいは誰でも知ってるだろうが、

実際に聴いたことないって人は意外に多い。

そのバンド名のロゴマークは世界で最も認知されている物の1つであり、ストーンズやラモーンズ、キッス、エアロスミス、ピストルズ等と並ぶアイコンとして、

それこそ音を聴いたことない連中も含めた

世界中のキッズがTシャツを愛用している。

なぜ今更こんなことを書いているかと言うと

欧米のロックに対して理解と関心のあるはずの我が国で、AC/DCの評価が異様に低いからに他ならない。

その理由は未だによく解らないのだが、

確かにこれほどの長いキャリアを誇るバンドにしては来日ツアーの回数も極端に少ない。

今回のマルコム・ヤング死去に関する国内の報道や反応を見ても評価の低さを再認識した。

僕がAC/DCを知ったのは中学生の時。

ちょうどアルバム "Back in Black" がリリースされた頃だった。

友達の兄貴が持っていたのを聴かせてもらったのを記憶している。

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1980年7月にリリースされた

『バック・イン・ブラック』は、全世界で5300万枚以上のセールスを記録、

1億枚以上売ったMJ『スリラー』は別格として、

"The Dark Side of the Moon" Pink Floyd

"The Greatest Hits" Eagles

等の大名盤と並ぶ「歴代最も売れたアルバム」トップ5にランクインしている。

分類上、ハードロックやメタルのバンドとして紹介されてしまうため無意識に遠ざけてしまっている人も多いのかもしれないが、

それは非常にもったいないことをしている。

最近はアクセル・ローズをヴォーカルに迎えたりしていたが、あれはあまりよろしくない。

全盛期のアクセルなら声質も含めてハマらなくもないかもしれないが。

(ただ、ガンズもAC/DCから多大なる影響を受けていることは明白で本人にとっては光栄なことだろうが)

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スクールジャケットに短パン姿、

足でリズムを取りながら、ヘッドバンギングしながら、

ギブソンSGをかき鳴らすリードギター

アンガス・ヤングに目を奪われがちだが、

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その真逆で地味なルックスで黙々とリフを刻むリズムギターに徹しているのが兄のマルコムヤングだ。

およそそのサウンドには不似合いに見えるグレッチのギターを抱えているのも面白い。

バンドの結成から数々のソングライティングまで、

重要な役割を果たしてきたマルコム。

マルコムこそAC/DCだった。

R.I.P.

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僕が所有する唯一の国内盤7インチがコレ。

カップリング曲もジャケットデザインも日本独自の企画。

海外のファンが一番欲しがるやつ。


よく考えたらいろんなところでサンプリングされたブレイクビーツでもある。


https://www.youtube.com/watch?v=dsVAOjVYQnY&feature=share


"Rock Hard" Beastie Boys


https://youtu.be/7rUbBZAsmH4


"Dope Beats" BDP









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by imag0020 | 2017-11-20 09:40 | My Favorite Things

鉄拳

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俳優であり元プロ野球選手でもあった、

橋本 力(ちから)さんが83歳で亡くなったというニュースが。

橋本力と聞いても誰やねんって人も多いだろうが、

個人的にあまりにも興味深い、特別な経歴を重ねた人物だったのだ。


まず、毎日オリオンズ(現在の千葉ロッテマリーンズの前身球団にあたる)の外野手として、今から半世紀前のパリーグでそこそこ活躍。

1957年にはレギュラーとして100試合以上に出場しており、

35勝、防御率1.37という驚異的な成績を挙げMVPを獲得した西鉄ライオンズの大エース稲尾和久らと対戦している。

しかし、その後は2軍生活も多くなり、

毎日オリオンズ球団の親会社が映画会社の

大映と合併し大毎オリオンズになったことから、

現代では考えられないことだが、

現役選手なのに野球関連の内容を扱った作品にアドバイザー兼選手役で出演させられている。

しかも、その撮影中にアクシデントで負傷してしまい、

そのまま現役を引退してしまうことになる。

その映画が実質的な俳優デビューとなり、俳優の道に転身した変わり種なのだ。


そして、橋本さんの当たり役となったのが、

1966年(昭和41年)に大映が製作・公開した日本映画の特撮時代劇

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『大魔神』シリーズ三部作への出演だ。

現在で言うスーツアクターなのだが、顔の部分は特殊メイクのみ。

あの血走った印象的な大魔神の眼力は橋本さんの眼そのものなのだ。

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その後はあの勝新太郎に可愛がられ

勝プロに所属し『座頭市』など様々な映画に出演、

その勝プロから派遣される形で出演した香港映画で世界中に存在を知られることになる


ドラゴン怒りの鉄拳』(1972年)

(原題 精武門 英題 Fist of Fury)

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そう、ブルース・リー主演2作目の作品に、

日本人柔道場主 鈴木という悪役で出演したのだ。

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この時点ではリーの映画がまだ日本では公開されておらず、

何の予備知識もないまま派遣されたそうで、

台本も何もなく、ただただリーの敵役を演じたらしい。

そもそも橋本さんは日本で公開されるような作品になるとも思っていなかったんだとか。

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山勝ブルースリーカード裏面より

この映画を観たことある人は解るだろうが、

当時よく日本で公開できたなと思うほど、とにかく日本人は徹底的に悪者として描かれている。

(実際、日本公開版では一部のシーンがカットされている)

なにしろ映画専門誌『映画秘宝』が

「映画秘宝 オール・ジャンル・ランキング

どこの映画雑誌も手を出さない禁断の映画ランキング」

2011年2月号で発表しているのだが、

その中の「今こそ観たい反日アクション映画」

ランキングで『怒りの鉄拳』が堂々1位に選出されていたほどだ。

ちなみに、この雑誌の別冊ムックとして発売された

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この本は90年代リー再評価のキッカケを作った一冊だ。

『ブルース・リーと101匹ドラゴン大行進!』(1996年)に、

橋本さんのインタビューが掲載されていて、僕は初めてそんな日本人がいることを知った。

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封切りされると映画の内容云々など関係なく日本人もブルースリーに熱狂し、小学生の僕も夢中になった。

特にリーが日本人道場に殴り込み、大量のザコキャラを蹴散らした後の橋本さん演じる鈴木とのヌンチャク対日本刀の殺陣は見もので、

なぜか日本人がやられてるのに観てて痛快でもあった。

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かくして橋本さんはリーと作品で共演した非常に珍しい日本人俳優となったのだった。

しかも、後日談として、劇中で橋本さん演じる鈴木が、リー演じる陳真の飛び蹴りを受けて障子を突き破るシーンは、スタントマン時代のジャッキー・チェンが演じていたことも掲載されていて驚かされた。

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これが実はジャッキーチェンだという

Wikipediaによると「ハイスピードで撮影された難易度の高いスタントは初公開当時から予告編のラストカットに使われるなど本作の見せ場の一つとして扱い、スタントマンとしてのジャッキーの出世作となる。リーはこの若きスタントマンに最大級の賛辞を贈った」

つまり、無名時代のジャッキーは、橋本さんのスタントでチャンスを掴んだのだ。

橋本さんは期せずしてリーとジャッキーという二大カンフー・スターの重大な接点に関わっていたことになる。

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別の二大スター ジャッキー(ミットウ)とリー(ペリー)


ちなみにリーは座頭市の大ファンで、座頭市からインスパイアされた盲目の主人公の作品を撮る企画もしていたらしく、その辺りも勝新に日本人俳優をキャスティング依頼した理由になっているのかも。


野球選手として稲尾らと対戦し、役者として大魔神になり、

座頭市に斬られたり、

リーに蹴られたりと、

野球以外は自分から望んだことでもないのに誰にも真似できない数奇な人生を歩んだ橋本さん。

早々と80年代に俳優業を引退していたそうだが、もし続けていたら90年代のタランティーノ作品なんかにもお呼びがかかかっていたのではないだろうか?

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ご冥福をお祈りします






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by imag0020 | 2017-10-23 01:13 | My Favorite Things
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DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


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