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アイマグブログ― カマタヒロシ 

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カテゴリ:野球評判家( 28 )

孤高

僕の野球カードサインコレクションがある。

名球会、殿堂入りしたようなレジェンドから

近年のスター選手まで新旧問わず蒐集しているが、

そこにイチローのサインは無い。

単純にイチローにサインを貰う機会が無かったからに過ぎないのだが、

そもそも僕はこれだけ野球好きをアピールしておきながら

実物のイチローの姿を肉眼で捉えた事が一瞬しかない。

オリックス時代に旧松山市営球場で中日とのオープン戦が開催された際、

試合前にイチローが外野で軽い守備練習をしていた時、

それしか見ていない。

結局その日は試合にも出場しなかったので、

バッテイングしてる姿すら見ていない。

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シアトルに行った初年度のルーキーカードと、

カバーを飾ったSports Illustrated誌。

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この2つはいつかサインを貰える日のために用意してはいるけどチャンスは訪れなかった。

モチロン引退後もチャンスはあるかもしれないので完全に諦めてはいない。

やはり90年代以降のプロ野球を語る上で、

僕の中でまず野茂英雄別格として

イチローと松井秀樹双璧だった。

松井は打者としてのタイプも違うし、

なぜ比較されるのか解らないと語っていたが、

どちらかと言えば僕はイチローの方がかなり松井を意識していたような気がする。

読売からニューヨークという名門球団~名門クラブへと移籍し

日米球界の中心に所属していた松井に対して、

神戸からシアトルという、どちらかと言えば中央から離れ

チームプレーより個人記録を追求しやすい球団に所属してきたイチロー。

どれだけ打ちまくって数々の記録を更新しても松井がMVPを獲得したワールドシリーズには出場できなかった。

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だから、イチローがヤンキースに移籍した時は本当に驚いた。

イチローのスタイルがヤンキースに合ってるとは思えなかったからだ。 

とは言え、毎年オールスターで見ていた、

1番イチロー、2番ジーターなんて特上のスタメンがレギュラーで実現していたのだからいま思い返しても凄かった。

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なんとなくイチローって、どこでプレイしても、

良く言えば孤高、悪く言えば馴染んでないっていうか、

1人別次元にいたような。

あまりにも求道者の姿勢が強すぎて、

どうしても1人で野球してるように我々の眼に映ってしまっていたことも事実で、

ゆえにイチローをあまり好きではないって野球ファンも少なからず存在する。

その気持ちも理解できなくなはない。

けれど、やはり昭和に王・長嶋がいたように

平成にイチローと松井という全てを超越した選手の現役時代を共に生きたことは後々の世代に自慢できるのではないだろうか?

あれほどの存在に成り得る可能性があるのは

今のところ大谷翔平くらいしか思いつかない。

例えば山田哲人柳田悠岐も総合的な野球センスなら

イチローや松井に劣らないほど凄い選手だと思うが、

彼らにはイチローと松井の醸し出してた何かが足りない。

そんなこと考えてもいないのかもしれないし、それはこれからの彼らがどこを見定めているかで変わってくるのかも。


子供の頃からプロ野球選手になりたい、 と、

小中高、大学と野球をやり続け、

もしプロ野球選手になれたら、

そこで目標は達成されたことになる。

そこから、レギュラーの座を掴む選手、

次はスター選手になる、

そうやって一つ一つ何かを成し遂げると、

目標を見失い一旦立ち止まらざるを得ない。

イチローはこと野球における栄誉のほぼ全てを手中に収めたような選手になっても、

ずーっと同じペースで野球に取り組んできた。

そんなこと普通の人間には出来るわけがない。

邁進慢心に変わることは誰にでも起こる。

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90年代初頭、

新たに発足したJリーグがブームとなり、

野球人気に陰りが見え始めた94年に救世主の如くイチローが現れたように、

世間のヒーローを求める気運が高まった時に

新しい世代のスーパースターが出てくるのかもしれない。


by imag0020 | 2019-03-28 22:32 | 野球評判家

図鑑

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Callbee プロ野球チップスカード図鑑 阪神タイガース


1973年から現在まで、阪神タイガース選手のカルビープロ野球チップスカードを厳選したカード図鑑が登場選手紹介はもちろん、当時の選手データや年度の成績などカード裏面も完全紹介。 

レギュラーカードのほか、普段では手に入れることができないスターカードやタイトルホルダーカード、スペシャルBOX限定カード、チェックリストなどのレアカードも掲載され読み応えたっぷり

阪神タイガースファンには必読の大図鑑です! 掛布雅之や岡田彰布などのオールド選手から鳥谷敬や福留孝介などの現役選手までのプロ野球チップス選手カード500枚以上を完全収録。 

オールドファンからプロ野球を楽しみ始めた少年少女までが楽しめる一冊です!


広島東洋カープ版が出てからちょうど一年、

やっと各チーム版が出版されました。

昨年カープ版が出た時もカルビーコレクターとして、

コレは自分のために出た本だ!と、狂喜乱舞したが、

それが広島の情報誌の別冊として出ていたので、

他球団版もシリーズ化するのは難しいのでは?

と思ってました。

以前、コレクションの自己満足のために、

毎日Instagramにカルビーカードを3枚ずつアップしていたのですが、( @hottesthits9 )

そこでこの本を紹介したら、

それを見た出版社の編集者の方から

続編も企画していますので是非ご協力ください

とのメッセージをいただいて驚きました。

ただ、その頃から忙しくなってインスタの更新も止めてしまったので、その話もそのままになっていた次第で、

すっかり忘れていたのですが、

先日書店でヤクルト版が置かれているのを見て、

おー、ついに出たのか!と感激。

その時点ではまだ阪神版も出てるのを知らなかったのですが、

読売、横浜、日本ハム、オリックス、中日、ソフトバンク等が一度に出たことを広告で知り、慌てて阪神版のみゲット。

(いずれは全部手に入れないと気が済まない事は間違いない)

今まではカルビーからプロ野球カードが初めてリリースされた1973年のカードのみを集めた名著

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『カルビープロ野球カード1973』(竹書房・絶版)

くらいしか、まとまった資料が存在しなかったので、

こんな一気に出されても困る

昭和の子供なら何かしら一冊は所有していたであろう

ポケット図鑑スタイルっていうのも気が利いてます。

何しろ歴史の長いカルビーカードなので、

どうやって編集するかが鍵になってくる。

これはオールド選手から現役選手まで選手ごとにカードを掲載する手法を取っています。

ただ比較的最近の選手が中心になっていて、

オールドファンには物足りない部分もあり。

江夏あたりのカードも載ってないし、

バースやオマリー、マートン等レジェンド級外国人選手も載ってないのが残念。

でも、今回カープの第2弾が出たようなので、

阪神版も続編を期待したい。

今度こそ僕が所有する旧いカードを提供したいな。


最後にカルビー阪神マイコレクションより、

直筆サイン入り現役若手選手からチョイスして掲載。

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大山悠輔 (2018 - 044)


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原口文仁 (2017 - 060)


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北條史也 (2016 - 193)


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岩貞祐太 (2016 - 196)


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上本博紀 (2015 - 212)


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梅野隆太郎 (2014 - 221)


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トラッキー (2006 - C2)


ま、誰も喜ばないので今日はこれくらいで。


鳴尾浜タイガース優勝おめでとう!

ファーム(二軍)ですら8年ぶりらしいけど、

今は若手も上(一軍)でガンガン活躍してるし

戦力が揃ってきた証拠かなと。

矢野監督はこの経験をいずれ上で活かしてほしいです。

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岡田彰布元監督は以前から指導者になる人に対して

二軍監督の重要性を説いてました。

金本監督は格的に難しかったのかもしれないけど

二軍監督をやってからでも良かったのでは?と思わされます。

金本ほどのレジェンドでも結果が出ないとボロカスに叩かれるんだから監督なんて誰もやりたがらないはずだ。


by imag0020 | 2018-09-26 12:22 | 野球評判家

著書

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ランディ・メッセンジャー

~すべてはタイガースのために

(洋泉社)


阪神タイガースのエース、

メッセンジャー初の著書が発売。

2010年に来日し、

なんと今季在籍9年目!

これは球団の歴代外国人選手の在籍期間として最長記録であり、

来季からは外国人選手枠から外れ日本人選手扱いとなる。

もはやチームにとって必要不可欠なベテラン選手であり、

投手陣のリーダー的存在である。


マリナーズ時代にバッテリーを組んだ城島健司捕手からの推薦もあり、

リリーフ投手として期待され移籍してきたメッセンジャー。

最強リリーフトリオJFKの一角として活躍し

ファンからも愛されたジェフウィリアムスの背番号54を継承したことでハードルが上がってしまった感はあったが、

まさかこれほど長く活躍する選手になってくれるとは思わなかったです。

チームもこれほどの功労者に終身雇用で引退後もコーチとして残るくらいの契約を結んでほしいものです。

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メッセは僕の好きなマートンとも非常に縁の深い選手。

2人とも同じ1981年生まれ。

フロリダマーリンズ時代には当時シカゴカブスにいた

マートンのメジャーデビュー戦で対戦、

2010年に揃って阪神に移籍してきた両者。

この著書の中にもマートンの名前はちょこちょこ出てきます。

例えばキャンプ地で宿泊先のホテルの朝食に出てくるオムレツとベーコンをアメリカ人好みの調理法にしてくれとマートンと共にアピールし続けた「朝食 超変革」の話など、

あまり書くとネタバレになるので是非手に取って読んでみてください。

個人的には両者揃って在籍していた

2010年から2015年が最高でした。

2人とも投打の主軸として活躍し、

2014年のシーズンではメッセンジャーが最多勝、

マートンが首位打者のタイトルを獲得し、

チームのポストシーズン進出に大いに貢献しました。

なにより2人ともファンサービスの面でもチーム随一だったことも忘れられません。

マートン同様メッセにも何度もサイン貰いましたよ。

これからも長く活躍してほしい。

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メッセは来日してから大のラーメン好きになり、

大阪はモチロン、東京、広島、名古屋など遠征先各地に

お気に入りのラーメン屋があるらしく、

先発登板前夜は必ずラーメンを食べることにしているらしい。

それは地方都市でも同じで、

数年に一度しか来ないような松山でも僕の知り合いのラーメン屋に足を運んでいる。

僕が行くと「メッセンジャー来ましたよ

って自慢されるので行かなくなりました

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甲子園でしか食べられないメッセプロデュースのラーメンも食べてみたいなと思っている。(「メッセ盛り」は無理だと思う)



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最後に、

今日はメッセンジャーの誕生日

ハッピーバースデー、メッセ!




by imag0020 | 2018-08-13 12:12 | 野球評判家

完結

ワールドカップ真っ最中で、

日常の会話でもサッカーの話題が出てくるけど全くついていけない。

僕はサッカーのことを本当に何も知らない。

ルールもチーム名も選手も、

きっとその辺の女子の方が詳しいと思う。

『ベースボール記念日』に生まれた野球バカ。

僕をこれほどまでの野球狂にしたのは、

間違いなく水島新司先生の漫画の影響だ。

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1972年から週刊少年チャンピオンで連載している野球漫画「ドカベン」シリーズが28日発売号で完結する。発行元の秋田書店が明らかにした。46年の歴史に幕を閉じる。最終回では作者の水島新司さん(79)による特別寄稿が掲載されるという。』(朝日新聞社)


『こち亀』の時と違って『ドカベン』は1本の作品を当時から継続していたわけではなくて、『ドカベン』『大甲子園』があって、

10年以上経ってから90年代に『プロ野球編』として復活した。

プロ野球編が始まった時にはそりゃもう色めき立ってコミックスも買ったりしたけど、

すぐに面白くなくなって読むのをやめてしまい、

その後の『スーパースターズ編』と、

いま連載してるやつも、いっさい手に取ることもしなくなったので、

このニュースを見ても正直まだやってたのか、程度の感想でしかないけれど、

僕らが小学生の頃、いかにドカベンが凄まじい人気を誇っていたか、

連載していた『週刊少年チャンピオン』の表紙とともに、改めてこの偉大な作品を振り返ってみる。

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僕が最も水島先生の作品を読んでいたであろう時期の代表作

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男どアホウ甲子園 (1970-1975)

ドカベン (1972-1981)

野球狂の詩 (1972-1977)

あぶさん (1973-2014)

一球さん (1975-1977)

球道くん (1977-1981)


水島先生の全盛期を小学生時代に迎えた僕ら世代の人にはどれもお馴染みだろうが、

改めて70年代後半の作品の充実ぶりに目を奪われるし、

よくぞこれほど野球ネタばかりで同時期に執筆できたものだと感心させられる。

しかも、どれも最高に面白い。

大袈裟抜きで誰の家にもコミックスがあったし、

ドカベン全巻揃ってる友達の家に遊びに行くと、

気づいたらみんな無言で読書してた。

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ドカベンの続編として、これらクラシックに登場する強力キャラが一堂に会する夢のような作品が、

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大甲子園 (1983-1987)

である。

チャンピオン以外で連載していた作品からも御構い無しに集結させていて、

普通この手の企画は欲張りすぎてごちゃごちゃするだけで終わるのだが、これはお見事。

素晴らしい作品だと思う。

青田高校 中西球道との対決は何巻にも及ぶのだが、

マジで史上屈指の名勝負だ。

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↑当時このゲームもめっちゃハマった

そもそも山田太郎という強打者を際立たせて描くために、

作品には好投手が続々と登場してきた。

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僕もキャップのつばにハサミを入れて真似してみたが全然こんな感じにならなかった

白新高校 不知火守投手をはじめ、

東海の雲竜、横浜の豪腕 土門、甲府の賀間、

クリーンハイスクールの影丸など、

誰が一番凄いんや!という議論は度々交わされてきた。

神奈川大会~関東大会~甲子園と、打倒明訓を掲げてやって来る高校を次々と撃破した。

しかし、そんな無敗明訓もついに

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弁慶高校戦

この事件はちょっと世間がざわついたほどの驚きを持って迎えられた。


先述の不知火のキャップだけじゃない、

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殿馬の秘打や岩鬼の悪球打ち

日本中の草野球で模倣され、披露されていたし、

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その岩鬼の葉っぱも同様だろう。

木の枝を噛んだ時の不味さは誰もが二度とやるまいと思ったはず。

(岩鬼の学帽が試合中に注意されなかったのはなぜか?いまだに疑問だ。なにしろヘルメットも被っていないし、しかもプロでもそのスタイルを貫いていた。)

酒を呑みながら高校野球を指導していた徳川監督も現代なら

コンプライアンスだなんだで描けないのかも。

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水島作品に昔のような魅力を感じられなくなっていった原因の一つには、

野茂英雄がメジャーに挑戦して以降、現実の野球界が水島先生の描く野球漫画を超えてしまった部分があるからだと思う。

野茂がメジャーでオールスターに出たり、

イチローなんて登録名の選手が現れ、ありとあらゆる記録を塗り替えメジャーでもスーパースターになったり、

松坂大輔が甲子園の決勝でノーヒッターやってプロ入りし、

日本シリーズ~ワールドシリーズ~WBCでも活躍したり、

新庄剛志みたいなパフォーマンスが許されたり、

女子プロ野球が誕生したり、

山本昌が50歳で一軍登板を果たしたり、

大谷翔平が二刀流選手として成功したり、

水島漫画で描かれていてもおかしくないような事柄ばかり。

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大谷の165キロなんて漫画でも遠慮して書いてないくらい現実離れしてるから

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水島先生がこの後まだ新しい作品の構想をお持ちなのかは知らないけど、

野球界はこれまでの野球普及への貢献に対して何かしらの恩返しをすべきではないかと思う。

野球殿堂入り特別表彰を検討するのに充分に値するのでは。

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最後に、当時『ドカベン』人気により、

アニメ化されテレビ放映もされていたが、

とても原作ファンが満足できるようなクオリティでは無かった。

やはり野球モノは難しい。

しかし、もっと凄いのが実写版で映画化された

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『ドカベン』(1977年公開)だ。

コレはもうB級だのC級だのっていうレベルの映画では無かった。

劇場でリアルタイムで観たのだが、とんでもないものを見せられた衝撃で言葉を失うほどの仕上がりだった。

何しろ『ドカベン』なのに野球のシーンが無いのだ。

いや、最後の数分だけ取って付けたように

明訓のユニフォームを着て野球部編に突入するのだが、

練習シーンのみ、それで終わり。

そりゃあ甲子園や地方大会を実写化するには、

とんでもない数のエキストラや予算も必要だろうが、

それならドカベンの映画なんか最初っから作らなければいいのに、と、子供心に思った。

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そもそも水島先生自身も出演されているが、

この出来に納得したのだろうか。

コレ、なんとDVD化してるらしい。

ドカベンのストーリーやキャラ設定を知らない人が観たら

どう感じるのか知りたいので興味あって時間もある人は観てもらいたい。



by imag0020 | 2018-06-22 22:06 | 野球評判家

会長

遅ればせながら

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

新年早々、頭部を派手に負傷し、

病院で貴ノ岩関のように医療用ホチキスで

縫合されるという波乱のスタートになってしまいました。

負傷箇所が頭なので少し怖かったのですが、

現在は順調に回復しています。

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さて、

僕が私設ファンクラブ会長を務めている、

元阪神タイガースのマット・マートン選手が

この度、アメリカで正式に現役引退を表明しました。

マートンは20102015年までの6シーズン

日本球界でプレイし、

来日初年度の2010年に

オリックス時代のイチローが記録していた

シーズン最多安打記録210本を更新する

214のヒットを打ちました。

この記録は2015年に埼玉西武ライオンズの

秋山翔吾選手に更新されましたが、

依然としてマートンの記録は右打者、セリーグ、外国人選手、それぞれの最多安打として残っています。

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(つまり、2015年までは日本球界のシーズン最多安打記録をアメリカ人のマートンが、メジャーリーグのシーズン最多安打記録を日本人のイチローが保持していたことになる)

6年間で最多安打3回、首位打者1回獲得

ベストナインにも4度選出されています。

阪神において外国人選手、特に打者でこれほどの成功を収めたのは、MVP、三冠王のランディバース以来では?

どうしても日本球界では外国人選手に対して

ホームラン、打点を稼げるパワーヒッターを求める傾向にあり、

マートンのようなヒットメーカーは評価が低くなりがちですが、

一年一年、シビアに結果が求められる外国人選手が6年もの長きに渡って契約を更新してこれたことがマートンの優秀さを雄弁に物語っています。

僕がマートンのファンになったのは、

そのバッティングセンスに魅せられたことは言うまでもないのですが、

それ以上にファンへの対応の素晴らしさを見たからです。

確か来日2年目の安芸キャンプの練習後、

多くのファンが待ち構える前を選手がスルーして宿舎に帰っていく中、

マートンだけが用具を足元にを置いて

その場にいたファン全員にサインを書き始めました。

当然誰か一人にサインすると他のファンも

あっという間に集まってくるのでキリがなくなる。

明らかに疲れているにも関わらず笑顔で全てのファンに対応する姿に心を打たれたのです。

そもそも僕が大ファンだった阪神のリードオフマン赤星憲広の2009年突然の引退で、

もう阪神への興味が薄れつつあったのですが、

その赤星と入れ代わるように入団したマートンによって再び盛り上がってしまいました。

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僕はこれだけ長い間、阪神ファンだったのに、

一度もファンクラブに入会したことがない。

でも阪神というよりマートン個人を応援したいので、

マートンのファンクラブって存在しないのかな?

と調べてみても見つからなかったので、

どうせならファンクラブを作ってみよう!

と思ったのが始まりでした。

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全く関係ないけどザ・スミスのモリッシー

ニューヨーク・ドールズのファンクラブ会長

だった話が好きで、

僕もプロフィールに

マットマートンファンクラブ会長

って肩書きを入れたら面白いなと思ったのも理由ですが。

とは言え、あくまで私設ファンクラブだし、

僕が関西在住じゃないので甲子園でファン同士で集まったりも出来ないので、

とりあえずSNS上にファンページを開設し、

毎日試合後にその日のマートンの打撃成績などをアップしたり、

マートン関連のニュースやグッズなどを地道に掲載し続けていきました。

阪神は熱狂的なファンも多いし、試合に負けたりしたら心ないコメントを書き込む連中がたくさんいることは他のSNSや掲示板でも度々目にしていたので、

マートンが不振で勝敗にでも影響したら荒らされるだろうなと不安もあったのですが、

なぜかそういうこともほとんどなかった。

たまにマートンをディスる過激なコメントが入っても、

「気持ちはわかるけど、ここはマートンファンクラブですよ」

って、他のファンが制止したりするような良質なファンが集まってくれて。

当初はサクラとして周りの知人友人に入ってもらったりして

10人くらいしかいなかった会員数も徐々に増え続け、

現在では1500近い人数になっています。

マートンがアメリカに帰国して2年が経過したのに、

いまだにマートンの近況を知りたいとメッセージが届いたり。

今回の引退報道後、また会員が増えてます。

嬉しいことに知人を通じてマートン本人にもこのファンクラブの存在を知ってもらえたし、

また日本に行きたいと言っているので、

その時こそマートンを囲んでファンの集いを開催したいなという夢ができました。

これほどファンに愛された外国人選手もそうはいない。

阪神が契約更新しなかった時、正直まだ1年~2年は日本で活躍できると思っていたし、

その後の阪神が獲得した外国人打者が全く一軍で起用されないのを見て、

それ見たことか、と思ったりもしました。

年齢もあってメジャー復帰は叶わなかったけど、

カブス3Aでも3割打ってたし日本の他球団が獲得する可能性もあるかなと期待してたのですが

最近、金本監督のインタビューで、理想的な外国人助っ人としてマートンとブラゼルの名前を挙げているのを見て、

今さら何を言ってるんだと思いましたよ。

今後はシカゴカブスのフロント入りし、編成部門補佐に就任するらしいので、日米球界のパイプ役として期待したい。

異国でプレイするのは野球だけじゃなくて、

異なるカルチャーやライフスタイルにもアジャストしなければならないのですが、

マートンは吉野家にハマって通うようになり、

その姿をファンに度々目撃されていました。

実は松山で阪神戦が開催された時にも

「吉野家にマートンが来てます!」

と情報を貰い近所だったので慌てて駆けつけたら私服姿のマートンがホントに吉野家から出てきたのが忘れられません

DJで呼んでもらった静岡で阪神戦があったのでマートンにサインしてもらうためにレコードと別にバット持参で静岡まで行ったり。

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誰かの熱狂的なファンになるってこんなに楽しいのか!

と実感した数年間でした。

マートンに再会できる日を楽しみにして

今後も遠くから応援していきたいと思っています。

最後までメジャー復帰を目指して頑張ったマートン

本当におつかれさまでした。

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カブス時代のグラブの一部を埋め込んだ超レアなカード。
世界に5枚しか存在しない。
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こちらはボールの一部を埋め込んだカード。50枚限定。






































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"Hiroshi" のスペルが "Hiloshi" になってます。

by imag0020 | 2018-01-17 09:13 | 野球評判家

連覇

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阪神やオリックスなどで活躍したライアン・ボーグルソン投手(40)が11日(日本時間12日)、現役引退を表明した。


https://www.daily.co.jp/baseball/2017/09/12/0010546292.shtml


ボーグルソンって言っても10年前に阪神に2年間在籍して

10勝しただけの外国人選手なので阪神ファンしか記憶にないだろう。

このアイマグブログのスタート時に毎日のように阪神ネタを投稿していた時期があって、

確かボーグルソンの奥さんが甲子園球場のCMに出ている動画を紹介した記憶がある。

阪神ファンでも、奥さんが美人だって話題になったくらいしか印象に残っていないかも。

だが、僕はボーグルソンが好きだった。

アッサリ2年で自由契約になったが、

もったいないなと感じていた。

そしたら帰国後にサンフランシスコ・ジャイアンツでメジャー復帰、

2年連続2桁勝利を挙げてオールスターには選ばれるわ、

ワールドシリーズに出場するわ、

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最終的にはWBCアメリカ代表メンバーにまで

選出されるスター選手になってしまった。

(NHK BS中継では忠実な発音で「ヴォーゲルソン」と呼ぶ)

本人も日本で投球術を学んだ的な事を語っていたそうだが、

阪神の逃した魚は大きかった。

当時ボーグルソンにサインを貰っていなかったことが悔しくて(そんなチャンスもなかったが)、

TTM事情に詳しい友人の指導を仰ぎボーグルソンに

手紙とともにカードを送ることにした。

本当なら阪神時代のカードとメジャーのカード両方あれば良かったが、

阪神のカードしか持ってなかったので欲張って2枚封入し、

当時在籍していたサンフランシスコ・ジャイアンツに直接送った。

まだポストシーズンが残っている時期だったので、

クラブハウスなどで時間の空いてる時に手紙を読んで

サインして返信してくれるかもって作戦だ。

個人的に仕事で買い付けに行ってた頃の印象で

サンフランシスコは最も好きな街であり、

実際にジャイアンツのボールパークで観戦したこともある。

なのでサンフランシスコにエアメールを送る

ってだけでテンション上がるし、

ホントに返信来るのか?

とワクワク感もハンパなかった。

そしたら、なんと僅か2週間程で本当に返ってきた!

松山~サンフランシスコ~松山の郵便ルートとしては

最短時間ではなかろうか?

何百円かの切手のみでボーグルソンにカードを届けて

サインしてもらって持って返ってきてくれるのだから

郵便局バンザイである。

返信用の宛名は予め自分で書いて入れておいたものではあるが、その時の封筒もちゃんと保管してある。

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背番号は阪神時代の番じゃなくて当時の32番になっている

しかし、2枚ともサイン入りで返ってきた!

そんな経緯もあってボーグルソンのメジャーでの活躍にも注目していたのだが、

残念ながら今季で引退してしまうとのこと。

しかもサンフランシスコジャイアンツは18日に本拠地で

ボーグルソンの引退試合を行うそうだ。

最後は他球団で現役を終えたにも関わらず、

そんな風に扱ってもらえるなんて、

さすがはワールドシリーズ連覇のメンバーだ。

阪神も始球式か何かで日本に呼んでくれないかな。

セシルフィルダー同様に自慢のOBだと思うなー。

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by imag0020 | 2017-09-14 16:58 | 野球評判家

退任

阪神 掛布2軍監督 今シーズンかぎりで退任へ

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http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170910/k10011134041000.html

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最近の阪神は良いニュースと悪いニュースが交互にやってくるが、

それにしても寝耳に水な報道だった。

あまりにもショックで落ち込んだ。

僕の掛布さんへの想いは以前このブログにも書いた通りだ。


http://imag002.exblog.jp/25465516/


1988年にユニフォームを脱いでから28年もの長い年月を経てやっと帰ってきた31番を

たったの2年で返上させるとは。

世間では生え抜きのスターである掛布さんが2軍監督で、

他球団から移籍してきた若い金本が1軍監督なんて立場が逆だろうと言う人も多かった。

でも、僕は別に掛布さんが1軍監督にならなくてもいいと思っていた。

決してエリートではなく高卒のテスト生入団、身体も小さい。

しかし、人一倍練習し、阪神歴代最多ホームランを打った。

本人も自身のような選手をと、

情熱を持って若手選手を育成してきたし、

これほどの適任者は他にいないと思う。

昨年の原口、今年の中谷と長らく阪神に不在だった生え抜きの大砲候補がやっと開花するキッカケを掴んだ。

同じく大型ルーキー高山も(故障もあったが)

春季キャンプは掛布さんの指導する安芸でスタートしていた。

金本監督も安心して2軍に任せていたのでは。

掛布さんは決して我を通すタイプではない。

本人だけでなくオールドファンも一度は諦めていたであろう

阪神の指導者になる道を2軍監督という形で得ることが出来た。

阪神を強くするために一軍に戦力を送り込むという任務に

心身ともに捧げる覚悟で指導にあたっていたと思う。

自ら広告塔となりファンサービスに徹することで2軍の試合や練習にファンが押し寄せ、営業面にも貢献した。

(なにしろ甲子園で開催した2軍の試合に10000人動員させたのだ)

ミスタータイガースと呼ばれた男が甲子園のスポットライトではなく、

鳴尾浜で真夏の強烈な直射日光を浴び、

62歳の身体にムチ打って若いコーチと若い選手を引っ張っていた。

OBや関係者は掛布さんに感謝しなければならない。

モチロン掛布さんが2軍監督なんて激務を永遠にはやれないのは解っている。

次期1軍監督候補の指導者育成の点においても2軍監督というポストは重要だ。

しかし、球団も1度は掛布さんに任せた以上、とことん任せなければ。

2年はあまりにも短すぎる。

本人も志半ばであろう。

カープが現在あれほどの強さを誇っているのは長年の生え抜き選手育成が花を咲かせたからだ。

結果が出るまは耐えなければならない。

FAの大型補強や使えない助っ人外国人選手をコレクションする短絡的な場当たり補強にはもう誰も魅力を感じていない。

糸井、福留、西岡、それぞれ良い選手だが、

少なくとも僕は感情移入することはできないのだ。

それよりも高山、横田、大山、中谷、原口、北條、陽川、梅野らが並ぶスタメンの方がテンション上がる。

その為のチーム作りの後方支援が掛布2軍監督の役割だったのに。

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掛布さんは31という背番号を大事にしてきたが、

常々この番号は選手が着けるものだと語っていた。

実際、現役を引退してからはサインに「31」は書かなくなっていたが、この2年間は31と書いてくれていた。

一説には球団も清宮獲得の為に背番号31を空けておきたいという意向があるそうだが、

そんなもん本当に入団したら掛布さんは喜んで明け渡すだろう。

掛布さんは背番号なんて何番でも良いのだ。

ファンももう31番を十分に見させてもらったし。

そんなことよりも大切な事を球団は見落としている。

今季のファーム最終戦を掛布さんのお別れ試合として

甲子園で緊急開催することも検討されているそうだ。

でも、掛布さんはそれも本意では無いだろう。

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とにかくガッカリしたわ、ホント。

by imag0020 | 2017-09-12 14:39 | 野球評判家

早大

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阪神 鳥谷敬内野手がNPB史上50人目となる通算2000本安打を達成。

阪神の生え抜き野手としては1984年に達成した藤田平以来2人目という快挙だ。

初代ミスタータイガースと呼ばれた藤村富美男を始め、吉田義男、田淵幸一、掛布雅之、岡田彰布、和田豊、今岡誠、

歴代の生え抜き強打者の誰も到達していない記録だ。

左打ち、そしてショートということを考えれば藤田と共通しているが鳥谷は大卒。

特に打撃タイトルを獲得した訳でもなく、

打率3割を記録したのも3回しかない。

ひたすら試合に出場し続けコンスタントに

ヒットを積み重ねた結果の大偉業である。

喜怒哀楽をあまり面に出さないタイプゆえ

こちらも感情移入しにくい選手ではあるが、

チームリーダーとして黙々と試合に出場し続けコンスタントにヒットを積み重ねた結果。

昨年はショートの座を降ろされ、もう限界説が出てたけど、

今年は見事な復活劇だった。

顔面デッドボールで鼻を骨折してもフェイスガード着用で出場してきたのも凄かった。

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あの星野政権下で18年ぶりのリーグ優勝に沸きに沸いた

2003年の阪神ファンにトドメを刺したのが東京六大学野球で三冠王のスーパースター早大・鳥谷の自由枠獲得だった。

当然、巨人、横浜、西武など関東の球団も鳥谷を狙っていたが、東京出身で東京の大学でプレイする鳥谷が、

なぜ阪神を選んだのかいまだに謎だ。

一説には長くプレイするために天然芝の甲子園を希望したということだが、

そんな高い意識でプロに入ってくる選手だったことに驚かされる。

同じく六大学のトップ選手として早大から阪神に鳴り物入りで入団した大先輩の岡田が監督に就任したタイミングで鳥谷が入ったことも縁があったのだろう。

お陰で岡田監督はルーキー時から鳥谷をショートで起用することに対して大学の後輩だから贔屓してると言われ憤慨していた。

「阪神のショートは向こう10年鳥谷で大丈夫」

岡田監督の眼は確かだったし、

それに結果で応えた鳥谷もやはり只者ではなかった。

まだ阪神に金本や桧山、今岡、新井ら野手のベテランがいたので鳥谷も伸び伸びとプレイできたのが良かったのかもしれない。

同じ早大からヤクルトに入った(しかもドラフト4位)青木宣親が先に大ブレイクしたのを見て、

なんであいつを獲らなかったのか?って思ってた時もある。

鳥谷って何番を打たせるのがベストなのか最も頭を悩ませるバッターって評価だったが、

まさか2000本安打なんて想像しなかったな。

僕はショートに憧れているので草野球ではいつも鳥谷ユニフォームだった。

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あとの願いは将来監督になったら鳥谷と同い年のマートンをバッティングコーチで呼んでほしい。

あと、もっとファンにサインしろってことぐらいかな。

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これは知人を通じて貰ったサインボール。やはりカードにサイン欲しい。



文中敬称略


by imag0020 | 2017-09-09 12:05 | 野球評判家

寛解

『阪神・横田慎太郎外野手(22)が

3日、「脳腫瘍」で闘病していたことを球団が発表した。


鳴尾浜の独身寮・虎風荘内で取材対応した横田は、

「本当に最初はびっくりして。ここから先、野球を続けていけるか不安でした」

と偽らざる本音を明かした。

現在は寛解しており、復帰へ向けたリハビリを始めている。

今春の沖縄・宜野座1軍キャンプ中に頭痛を訴え、2月11日に緊急帰阪した。

精密検査を受け、診断された病名は「脳腫瘍」だった。

「すごい厳しい治療もあったんですけど、皆様の支えがあったからこそ、ここまでこられました。病院の先生方、看護師の方々、球団・チームの方々、そして手紙や本、千羽鶴を贈ってくださったファンの皆様の支え、励ましがあったからこそ、ここまで頑張れました」。

入院後、復活した自身の姿を夢見ながら懸命に病と闘った。半年以上戦列を離れたが、2日に帰寮し、室内での軽度のトレーニングから完全復活への道を歩み始めた。

「これからの野球人生が、同じ病気を持つ人たちに『夢』、『感動』を与えられるようなものにできるよう、頑張っていきたいと思います」と、一歩ずつ復帰への準備を進める。

横田は、鹿児島実業高から2013年ドラフト会議で2巡目指名を受けて入団。

2016年には中日との開幕戦(京セラドーム大阪)で「2番・中堅」として先発起用され1軍デビューした。

父親は元ロッテなどで外野手として活躍した横田真之氏。』

(スポーツ紙より)


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阪神から超有望な1人の選手の消息が途絶えていた。

いや、存在自体が完全に消えていた。

かつて桧山進次郎が阪神一筋22年間背負っていた

背番号24を受け継いだ選手だ。

記事にある通り、2月の沖縄宜野座キャンプの最中に、

度重なる(原因不明の)頭痛を訴え緊急帰阪したと報じられ、

そのまま何の報道も無いまま今シーズンが開幕し、

横田の名前をメディアで見かけることは無くなった。

病院で何らかの検査を受けたとか、

もう二軍で練習再開しているとか、

何でもいいから知りたいのに、

良いニュースも悪いニュースも一切なし。

沖縄から帰った後、

気味悪いほどに横田の件は触れられなくなった。

かなり重要機密だと思われるような球団内の事案が

あっさりとマスコミに漏れるのが良くも悪くも

阪神という人気球団の特徴だ。

しかし、横田に関する情報は無し。

ファンからの目撃情報も無い。

まるで、もう最初っから横田なんて選手は存在しなかったかのように。

当然のようにネットの掲示板はファンの憶測による様々な噂で膨れ上がっていた。

「横田は我々ファンが創り上げた幻想だったのでは」

なんてことを書き込んでいる人もいたほどだ。


実は僕自身も幻想を抱くほど横田という選手に入れ込んでいた。

僕が最も敬愛し、ファンクラブまで作った選手

マットマートンが退団し、帰国してからは、

阪神というチームに以前ほどの想い入れが無くなっていた。

しかし、子供の頃からのヒーローであった掛布さんが

阪神のユニフォームを着て二軍監督としてチームに帰って来たことで、

僕は若手中心のファーム(二軍)に注目するようになった。

甲子園ではなくファームの本拠地である鳴尾浜球場に敬意を払い、

好きなチームは阪神ではなく『鳴尾浜タイガース』と呼ぶようになり。

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その鳴尾浜でダイヤの原石の如く、いや、

まるでダイヤそのものの輝きを放っていたのが横田慎太郎だった。

昨年、掛布さんが二軍監督に就任した際に

出演したテレビ番組で横田について触れ、

「糸井嘉男(当時オリックス)や柳田悠岐(ソフトバンク)のような走攻守三拍子揃った選手になれるほど身体能力の高い選手」

だと絶賛していた。

そして、金本知憲新監督は『超変革』をスローガンに掲げ

若手を積極起用することを明言し、

その先鋒となったのが、大型ルーキー高山俊と横田という

若手外野手の1・2番コンビだった。

このスピード感溢れる1・2番は新しい阪神を印象付けるには充分すぎるフレッシュな魅力があった。

実際、金本阪神は開幕ダッシュに成功したが、

経験の浅い若手中心のチームは徐々に失速していく。

横田は二軍降格し、夏場以降は一軍に戻ってこなかった。

結局、昨年の横田の一軍成績は38試合出場、

20安打、0本塁打、4盗塁に終わった。

しかし、この経験は来季(2017年)絶対に活きると思った。

なにしろ横田は今年22歳になったばかり。

2017年こそ大ブレイクの年になると信じて疑わなかった。

それが、まさかこんなことになるとは。

まずは、やっと事の真相が明らかになり、

横田がまだ現役生活を続けられることにホッとした。

多くのファンがシーズン終了後に球団から

何らかの発表があるだろうと予測していたし、

それは悪い方の予測でしかなかった。

確かに脳腫瘍という衝撃的な悪い報せではあったが、

既に寛解(全治とまでは言えないが、病状が治まっておだやかであること)し、

来年2月のキャンプに間に合わせる事を目標に

リハビリを開始したという、

嬉しい知らせも付いてきた。

良かった。

このまま横田が消えていたら本当に幻想だったと思うしかなかった。

これから始まる横田の新しい闘いを精一杯応援したい。

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入団時のサインまで所有している。



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横田の父親も80年代にロッテで活躍していた。

by imag0020 | 2017-09-04 03:59 | 野球評判家

投稿

ベースボールマガジン9月号
2017年 8月 2日発売
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猛虎の記憶 阪神タイガース光と影
虎にまつわる5つのWHY?

現在発売中のベースボールマガジン(週刊ベースボールではなく月刊)の阪神特集。
あー、なんかこういうのよく出てるなーって
思いながらパラパラとページをめくっていると、
『歓喜のベストゲーム5 アンケート集計結果』
というページの投稿欄に、
「ホッテストヒッツ」という名前が!
アレ?コレ、俺やん!(笑)
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確かにこんなこと書いた記憶はある。
多分2ヶ月くらい前にベースボールマガジン社の
オンラインアンケートを見て、
ノリで書いて送信していたのだろう。
何の雑誌用なのか覚えてなかったけど、
掲載されていてビックリした。
しかも、みんな一行程度しかコメントを書いてないのに僕だけ長々と書いてる(笑)
もしかしたら、もっと長かったかも。編集されてる可能性も。
もう終わってしまったが、
NHKの『ケータイ大喜利』にたまに投稿する時も
偶然観ていた人に気づいてもらえるように
「愛媛県 ホッテストヒッツ」という名義で
挑戦していた(採用されたことはない)
のだが、初めて陽の目を見て良かった。
ただ、コレは誰にも気づかれないと思ったので
ここに報告させてもらいました。
こんなことでも
「ベースボールマガジンに寄稿した」
と経歴に加えたいほど嬉しいのだ。


by imag0020 | 2017-08-10 11:43 | 野球評判家

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


by imag0020
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