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アイマグブログ― カマタヒロシ 

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選定

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平成のプロ野球を振り返り、ベストプレイヤーを選出する。

そんな企画が雑誌やテレビなど各メディアで展開されていた。

野村さんが選ぶ平成ベストナインとか興味深いものもあったし。

僕も勝手に考えてみたのだが、

やはり30年余の間にプレイした選手の中から

たった9人しか選べないなんて難しい。

誰を選ぶか、よりも、誰を外すか、になる。

ほとんどの人が外野手イチロー松井秀樹を選ぶ。

そうなると、もう外野の枠は一席しかない。

これは厳しい。候補を挙げたらキリがない。

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やはり、昭和と平成の野球界で最も異なる点と言えば、

1995年(平成7年)に野茂英雄がロサンジェルスドジャーズでデビューして以降、現在まで日本のトッププレイヤーのメジャー挑戦が続いていることだろう。

もし、一連のメジャー移籍の流れが無かったら、

日本のプロ野球はどうなっていたのだろうか?

タイトルホルダー、優勝チームなど、

歴史は大きく違っていたはずだ。

それならとメジャーに行った選手は除外して

日本国内のみで活躍した選手で構成してみることも考えたが、

それもやはり無理があるので、

思いきって日本人選手はこの際置いといて、

日本でプレイした外国人選手のみで選定してみることに。

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先発 ランディ・メッセンジャー (阪神)

中継 ジェフ・ウィリアムス (阪神)

抑え マーク・クルーン (横浜)


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捕手 城島健司 (福岡ダイエー)

一塁 アレックス・カブレラ (西武)

二塁 ロバート・ローズ (横浜)


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三塁 ホセ・フェルナンデス (東北楽天)

遊撃 アンディ・シーツ (広島)

外野 マット・マートン (阪神)


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外野 ウラディミール・バレンティン (ヤクルト)

外野 アレックス・ラミレス (ヤクルト)

指名 タフィー・ローズ (大阪近鉄)


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監督 ボビー・バレンタイン (千葉ロッテ)

        トレイ・ヒルマン (北海道日本ハム)


昔から日本のプロ野球は外国人選手を助っ人と表現してきた。

日本人プレイヤーだけではチームに補えない部分、

例えば打者ならホームラン40本打てる大砲。

つまりパワーヒッターを求める傾向にある。

代わりにその多くは守備力にはある程度目を瞑る。

パ・リーグならDH(指名打者)制度を利用できるが、

自然と守備の負担の少ないファーストやサードに集中している。

逆に守備の要であるキャッチャーと二遊間が圧倒的に少ない。

捕手に関しては少なくとも平成にはいないと言い切れるくらいだ。

苦し紛れではあるが、ここだけは逆に日本からメジャーに

捕手として唯一チャレンジした城島を選出することにした。

監督はロッテ、日本ハムをそれぞれ日本一に導いた

バレンタイン、ヒルマンの二人が甲乙つけがたいが、

ロッテで2度も指揮官を務めたバレンタインにする。


他にも 

グリエル、ウッズ、ペタジーニ、フランコ、

ブランコ、バーネット、ブラゼル、ゴメス、

ショート、サファテ、メヒア、呉昇桓

忘れ難い選手もまだまだ多数いるが泣く泣く落選。

結局、マートンを入れたくてこんな選定やってみただけ。


協力 カルビー


# by imag0020 | 2019-05-05 04:21 | 野球カード

立場

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テムズとともに -英国の二年間-

徳仁親王(著)出版:学習院総務部広報課


テレビで英国留学時の映像が流れていて

ふと思い出した。

あー、そういえばあの本どこに行ったんだ?と。


徳仁親王が1983年6月から1985年8月までの

英国オックスフォードでの留学生活を回顧したエッセイ。

1993年に学習院創立125周年記念の学習院教養新書として刊行された本。


93年だったのか、この本。

当時、何かで紹介されていて、

ロンドンでどんな体験をされたんだろう?

と興味を持って読んでみたら読みやすくてとても面白かった。

僕なんかは、ただその私生活の方に関心があっただけなのですが、まるで、一般の人が大学に入って上京して

初めて一人暮らしをするのと同じような生活をされていたことを知った。

部屋が寒いとか、初めて洗濯した話とか、

英国らしくパプに友人と呑みに行ったりとか。

クラブかディスコに行ったら服装がダサくて入店を断られた話なんか衝撃だった。

(モチロン、「ダサくて」なんて表現は無い)

パンクスを見た、とか書いてあったり。

いま再び読んでみたらきっと当時とは違う感想があるだろうから読みたいなと思って、

手元にないので検索してみたらめっちゃ高い値段で流通していて驚いた!

しかも一般では手に入らなくて図書館で借りたとか書いてる人もいた。

いやー、確か普通の新書文庫として書店で買えたような記憶あるけどなー。

とにかくまた読みたいなと。


とても需要な2年間を過ごされたのだと微笑ましく読んでいてもこの一文にハッとさせられる。

「再びオックスフォードを訪れるときは、

今のように自由な一学生としてこの町を見て回ることはできないであろう。

おそらく町そのものは今後も変わらないが、

変わるのは自分の立場であろうなどと考えると、

妙な焦燥感におそわれ、いっそこのまま時間が止まってくれたなどと考えてしまう。」



# by imag0020 | 2019-05-04 11:23 | My Favorite Things

芸風

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五月二十六日

ロンドンからギャズメイオールが再びやって来る!

「再び」と言っても松山に前回来たのは25年前

なんと既に四半世紀も経っている。

僕は30年以上前からずーっとギャズのファンだ。

もう何十回も来日してるから特に珍しさも感じないかもしれないが、

まさか松山にまで来てくれるとは思わなかった。

ギャズについてはこのブログで度々採り上げているし、

ラジオでも何度も特集してきた。

その辺りを参照した上でコレが如何に凄いことか知ってほしい。


2010年3月12の記事

https://imag002.exblog.jp/13029313/


ここから9年越しの続きを書く。


松山の老舗クラブ、ビブロスの前身店である

ババリーバがオープンしたのが93年秋

試行錯誤しながら様々な企画を立てていた時に

94年1月ギャズ招聘の話があり井坂さんを始め、

DJやスタッフでミーティングしたことを記憶している。

正直言って、当時松山のお客さんでギャズの存在を知っていた人は僅かだったと思う。

沢山のお客さんが集まってくれたが、

外国人のゲストDJが来る、という物珍しさからだった。

それでも、来てくれたお客さんも満足するパフォーマンスだった。

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あの説得力あるルックス、サービス精神、

全てがギャズそのもので、

本当に目の前にギャズ本人がいる事が信じられなかった。

ピアニカ吹いたり歌ったり自分でレコードかけて自分でフロアに行って踊ったり。

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"Baba Riba Skank"

by Dennis Alcapone & Lizzy

クラブの名前を知ってから、ずっとこの歌をギャズが口ずさんでいた。

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"ROOTS & CULTURE Like the Possum said to the Vulture"
ギャズ選曲コンピのサインと共に書かれたメッセージ。
何かの諺かと思ってるのだが調べても解らない。

僕がやってたラジオGROOVE TRAINにも出てくれて。

あの時ロンドンからギャズと同行してきて、ラジオにも通訳として出演してくれたナオキ氏は今や世界最大のレゲエ専門店、

西新宿の聖地ダブストアレコーズの代表である。

今となっては物凄い豪華な内容だったな。

あれから25年って、とんでもない年月を経てるけど

ギャズのブレない芸風を楽しみにしたい。

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https://imag002.exblog.jp/13794327/

ギャズの手描きフライヤやテープなど、

イラストやドローイングのセンス集

ある意味、ギャズの作る音楽以上に影響受けてる。

素晴らしいの一言、絶対に持っておいて損しない一冊。


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Gaz's Rebel Blues Rockers

/ Trigger Happy (Risk - UK / 7" / 1983)

これはギャズがトロージャンズ以前に結成していたバンドによる初のレコード。

ギャズがノッティングヒルでやってた古着屋の店名がレーベル名になってる自主制作盤。



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"Yakusa" Japanes Enka Vol.2

100タイトルはあると言われているギャズ選曲のテープの中でも異色の一本。

当時、日本のレコ屋で演歌のレコードを買いまくってると言ってて、

何に使うんだろ?って思ってた。

まだ和モノって概念も無かったし。

しかもタイトルが『ヤクザ』笑


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"Stand By Me" by The Trojans (12")
ギャズがコレをかけてる時にブースの横で聴いてて気に入ったので、
かけ終わった後に頼み込んで貰ってきた 笑
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英国人には馴染みのない色紙に描いてくれた。コロムビアレコードって
カタカナで書いてるロゴを喜んでギャズも持って帰ってた。

 


# by imag0020 | 2019-04-27 11:52 | My Favorite Things

先駆

素晴らしき邦題の世界 シリーズ vol.15

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 Israelites / Desmond Dekker and the Aces


今からちょうど50年前(!)

19694月16日付 英国オフィシャルチャートでシングル1位となったのが、

デズモンドデッカーの大ヒット曲 The Israelites

邦題『イスラエルちゃん』だ。

前週までマーヴィンゲイ悲しいうわさ

Heard It Through the Grapevine

が3週連続1位であり、

続いてデズモンドデッカーが1週のみ1位、

翌週からビートルズビリープレストンによる

ゲットバックGet Backが6週連続1位となる。

マーヴィンゲイとビートルズに挟まれている事実を見ても、

この曲がどれほどのヒットシングルだったか再確認できる。

モチロン、レゲエシングルとして初の快挙である。

さらにドイツ、オランダでも1位を獲得し、

その勢いはアメリカにも飛び、

なんとビルボードシングルチャートに

堂々のトップ10入りを果たしている。

つまり、デッカーはボブマーリーよりも先に世界に知られたレゲエシンガーなのだ。

こうなると、日本のレコード会社も、

レゲエという音楽を理解する、しない以前に

海の向こうでヒット中の洋楽ポップスとして無視できず、

めでたく国内盤シングルがリリースされることになった。

実際このシングルのライナーノーツには、

レゲエというワードは出てこないが、

こんな解説が載っている。

R&Bにカリプソ・タッチを加えたようなそして1度聞いたらもう1度針をおろしたくなるようなおかしな魅力を持った曲だ。」

まだ情報や資料が整備されていなかったであろう当時としては意外に悪くない表現だ。

トリニダード出身のギタリスト、リンテイトらがバックを務めているし、カリプソというのも強ち的外れではない。

ただ、デッカー独特のヴォーカルとロックステディの雰囲気を残すポップな曲調に引っ張られすぎて、

この曲が何を歌っているのか、までは理解しなかったのか、

イスラエルちゃん

なんて珍邦題にしてしまったのが面白い。

なぜ、ちゃん付け?

ゲットーでの厳しい生活をイスラエルの民に喩えたラスタファリズムのリリックであり、

まだ『イスラエル人』とか直球なタイトルでも良かったのかもしれない。

この曲そのものはあまりにも有名なクラシックゆえ、

なかなかクラブなどで聴く機会も少ないが、

この邦題のお陰か、この日本盤シングルを探している人は多いようだ。



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↑サントラLP滅多に見つからない
僕の好きな「3大マット」の1人、
マットディロン主演による最高にカッコいい映画

DRUGSTORE COWBOY (1989) の挿入歌として効果的に使用されていて好きになった。

https://youtu.be/QPx99IcGgfU




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おそらく2トーンムーヴメント絶頂期か?

1980年にSTIFFからリリースされたニューヴァージョンはアップテンポなネオスカ調に。 

フロアでかなり盛り上がってた印象あり。

むしろ、こっちの方をよくかけてたな。


# by imag0020 | 2019-04-26 10:09 | 素晴らしき邦題の世界

回想

15年間もの長きに渡って松山のクラブシーンを牽引してきた

レゲエパーティBUSRIDEのファイナルが開催されたのが

今から6年前2013年。

https://imag002.exblog.jp/21077524/

その時の記事に僕はこう書いている。

同世代の西田さんや池田さんが

まだバリバリ現役なのも励みになる

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「西田さん」とは、またの名をJah Master

ファウンデーションマスター Master Media

「池田さん」とは、またの名をJudoman

オリジナルスーパージャップ Ninja Force

僕はこのベテラン2人とともに久しぶりにバスライドのDJブースに立った。

誰かが発した「ビッグスリー」揃い踏みで、

ブースに3人で並んだら一斉にフラッシュが光り、

ちょっとした撮影会みたいになった。

現役でバスライドを盛り上げているサウンドの連中に申し訳ないけど主役気分になった。

みんな笑顔だった。

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ビッグスリーなんて持ち上げられても、

僕以外の2人は全国のレゲエシーンに名を成す重鎮。

僕はその本流とは離れた場所で活動してきた。

けれど、いつだって同世代の彼ら2人の存在が刺激となっていたことは確かだ。

そういう意味でも一堂に会したあの夜のことは忘れられない。

たった6年、されど6年。

2人とも突然いなくなってしまった。

まだ僕にはいまいちピンとこない。

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マスターメディアこと西田さん、

30年以上前に知り合った頃は本名の「イクシ君」なんて呼んでた。

僕ら世代の松山の人なら知ってる老舗ショップの「ジーパン屋の倅」。

当時はラフォーレ松山でお店をやってた。

誰かに「ラフォーレにレコードいっぱい持ってる人がいるよ」って教えられ、

遊びに行ったらイクシ君がいた。

アメカジに精通したお洒落な人だった。

イクシ君は地元の高知ではパンクスだった。

進学した文化服装学院の入学式の写真には、

スタッド打ちまくりの革ジャン着たハードコアスタイルで写ってたのに、

卒業式の写真ではラルフローレンのボタンダウン着るような人に変わってた

すぐに意気投合して自宅に遊びに行ったら、

レゲエのレコードがずらっと並んでた。

本当に驚いた。

僕らはその頃、BPMってクラブで夜な夜な遊んでいたが、

レゲエのレコード、しかも流行り始めていたダンスホールのレコードなんて、

ピンチャーズやタイガーなど有名どころが数枚あるだけだった。

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そんなの売ってるレコ屋も松山には無かったし、

情報を得る手段も限られていた。

そんな時にイクシ君に出会ったものだから、

思わず「ねぇねぇ、絶対DJやった方がいいよ!」ってスカウトし、クラブ未体験のイクシ君にレコードを選ばせて強引に誘った。

モチロン、イクシ君はDJのプレイ方法もわからないので、

イクシ君が選曲した盤を井坂さんがかけ、僕はフロアで踊っていた

イクシ君も楽しかったようで、程なくしてセレクター稼業を始め、ジャーマスターと名乗るようになった。

そう、僕はマスターメディアの生みの親なのだ。

僕がよく語っている「岡本太郎とイエローマンとスラロビが並んでいたジャパスプ」や、

ミュートビートのライヴなんかもほとんどイクシ君と行った。

一緒に京都~大阪までレコード買いツアーに行き、朝から晩まで買いまくったり、

野球やったりプロレスやったり若い頃は本当によく遊んでた。

カルビープロ野球チップスじゃなくて、

なぜかカルビーバットマンイカスナック(1989年)のカードを集めるのが流行って競い合ったり。

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レコードだけじゃなく、古着、オモチャ、

お互いなんでもコレクションするのが好きだったけど、

彼の財力に毎回惨敗してました

当時はDJの数も少なかったからパーティもほとんど一緒にやってたな。

みんなから「ジャー」なんて呼ばれてても、

僕にとってはイクシ君であり「西やん」であり、

それがいつしか微妙な距離を感じはじめ「西田さん」に変化していった。

僕がバスライドを辞めてからお互い別々のフィールドで活動するようになり、

会う機会も徐々に減っていったけど、

ある時、大分のクラブにゲストで呼ばれたら、

別でマスターメディアも呼ばれてて、

なぜか松山じゃなく大分で久しぶりにリンクして。

あの時はクラブに行く前の焼鳥屋で再会を祝してめっちゃいっぱい喋ったな。

その後も何度か現場が一緒になったけど、

会うといつも「カマちゃん元気?」ってニコニコして変わらなかった。

僕は常日頃からマスターメディアのサウンドスタイルをよくディスってたんですよ

世界に一枚しかないダププレートが聴ける」

みたいなことをフライヤに書いてたら、

対抗して「どこにでもあるレコードで踊れます」とか書いたり。

レアなレコードの所有枚数ではとても勝てないから僻んでいたのか、

いま思うと僕は結構意識してたんだなって。

今なら大人に楽しんでもらえる選曲を2人でやれたのにな。

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↑一緒に出たのはこの時が最後かな

バスライドの頃、

マスターメディアもジュードーも、

DJブースで僕が出番を待ってたら

次の曲で交代を意味する

ファイナルチューン!」ってマイクで言ってからが長くて

なかなか代わってくれない

「何曲ファイナルチューンあるんや」って思いながら待機してたのを思い出す。

2人ともあの頃は持ち時間過ぎても延々と粘ってたのに、

なんでこんな急にフッといなくなるんですか?

人生のファイナルチューン早すぎだわ。

次のビッグスリー開催まで

しばらくジュードーと待ってて!

(意外に早く実現するかも 笑)

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Down with the King !


# by imag0020 | 2019-04-20 23:40 | My Favorite Things

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


by imag0020
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