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アイマグブログ― カマタヒロシ 

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体躯

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鳥谷の退団決意に驚き、

メッセンジャー突然の引退にショックを受けた。

メッセンジャーについて何か書かなくては

と、思っていた最中、

それを遥かに上回る衝撃を受けたのが今回の

横田慎太郎外野手(24)の引退発表だった。

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横田については2年前に書いている通り。

https://imag002.exblog.jp/27090727/

鳥谷もメッセンジャーも心残りはあるにせよ

素晴らしい実績を残しやりきった感はある。

しかし横田はこれからが期待される選手だった。

今季大活躍しているドラフト1位ルーキー

近本浩司1994年生まれ、

プロ6年目の横田は年齢もまだひとつ下、

焦らなくてもまだまだ時間はある。

引退を決断するまでの本人の苦悩は計り知れないものがある。

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1月に大腸癌を公表し手術を受けた原口文仁選手は我々ファンの期待を大幅に上回る劇的な復活を果たしてくれた。

さぁ、次は横田の番だと誰もが思っていた。

横田自身も鳴尾浜で共に汗を流した原口の活躍に刺激を受けないはずがない。

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僕は昨年の2月、一人バスに乗り電車に乗り

高知県安芸市まで横田に会いに行った。 

育成選手になり背番号24から3桁の124に変わっていたが、

見た目は何一つ変わらない明るい横田の姿がグラウンドにあった。

黙々と走り込み、球拾いをやり、育成選手として出来ることをやっていた。

練習の合間に僕を含む10人くらいのファンで横田を囲み、

サインやら撮影やら(知らない人にシャッター切ってもらって 笑)に応じてもらい、みんなで横田を励ました。

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その時のサインボールをよく見ると、

小さい「1」を加えた「124」と書いてあった。

本人はこの「1」をどんな気持ちで書き加えているのだろう?と思うと切なくなった。

でも、この「1」の書き方は、また「24」を取り返すんだっていう気持ちの表れだと思った。

行ってよかったなと思った。

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本人は本気で甲子園に帰るつもりで懸命に

リハビリと練習に取り組んでいたのだろう。

ただでさえ外野手の3つの枠の内2つは

福留と糸井という超大物が立ちはだかっている上に、高山、中谷、江越というレギュラーでもおかしくない若手もいる。

そして黄金ルーキー近本も現れた。

横田の帰る場所を空けて待ってくれている訳ではないのだ。

しかし、誰もが認めるポテンシャルの高さを持つ横田も、

後遺症で視力が著しく低下したらしい。

打っても守っても球が二重に見えた」と言う。

残念ながら現役を断念するには充分な症状だと思う。

志半ばでユニフォームを脱ぐ横田。

球団も何かしらのポストを用意しているそうなので、

もしかしたらキャンプなどで裏方として働く横田にまた会えるかもしれない。

横田の第2の人生にも声援を送りたい。










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# by imag0020 | 2019-09-23 11:41 | 野球評判家

葛藤 (CUT)

ザ・スリッツのドキュメンタリー映画

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Here to be Heard: The Story of The Slits


『映画は、1976年のバンド誕生から、中心人物であったアリ・アップ(Ari Upが亡くなる2010年までのバンドの物語を、関係者のインタビューやアーカイブ映像/写真などで振り返った作品。監督はWilliam E. Badgley

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公開から2年ほど経っているが、

DVD化されたお陰でやっと観れた。

もうネタバレとか気にせず観たままを書く。

初期の活動期間が短かったこともあるけど、

その昔、片っ端から観ていたパンク関連の映像作品でもスリッツは極端に少なかった。

それを一気に観れるなんて。

スリッツとアリアップからの影響については

何度も書いてきた通りだが、

改めてこの飛び抜けてユニークでカッコいい女性たちに目が釘付けになった。

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あのロンドンが燃えていたパンクロック革命に参戦した前期と、

長い沈黙を経て突如シーンに帰ってき2006年から、

アリが急死する2010年までの後期、

2つに別れてストーリーは展開する。

アリという突出した存在と、これまであまり語られることのなかったパルモリヴテッサヴィヴ、それぞれの想いと人生、

クラッシュピストルズドンレッツ

そして重要な存在である母ノラとの密接な関係など見応えある。

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アリが自身の人生の残り時間を知っていたかのように

暴走と言っても過言ではないほど一気に駆け抜ける再結成後の数年間と、それに翻弄され苦悩するメンバーとの葛藤も。

何よりベースのテッサがデビュー前から現在まで大切に所有しているスリッツに関する記事を切り抜きしたスクラップブックを見ながらナレーションしていく手法も面白い。

部屋に集まっている時に誰かが「音楽かけて!」と言うと、

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King Tubby meets Rockers Uptown

が流れるシーンとか、

プリテンダーズのクリッシーハインドがギターをレクチャーするシーンなど、ちょっとした画に興奮した。

ていうか、もうファッションとか色使いとか、

そんなのを見るだけでヤバイなと。

この映画の制作自体をアリの希望で記録していたことも明かされる。

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ボブマーリー&ザ・ウェイラーズによる

パンキー・レゲエ・パーティ』(1977)に

"The Wailers will be there, The Damned, The Jam, The ClashMaytals will be there, Dr. Feelgood too",

と、バンド名を連呼する歌詞があるが、

本来この曲はドレッドロックスで歌う白人女性アリの姿を見て制作されたらしい。

ファーストヴァージョンでは歌詞にスリッツが登場するとか。

非常に貴重なエピソード盛りだくさん。

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# by imag0020 | 2019-09-13 11:54 | 大地の音

鋼鉄

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BURRN! 35周年記念ということで35年ぶりに購入!

ミュージックマガジンとかロッキンオンとか

当時から続いてる音楽誌は他にもあるけど、 

僕が創刊時から知ってて尚且つ現存する雑誌はBURRN! だけかなと。

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198495、日本初のヘヴィメタル専門誌として創刊。創刊当時は「別冊ミュージック・ライフ」であった。創刊号の表紙は、オジー・オズボーンジェイク・E・リー。 (Wikipedia)


いやー、この表紙めっちゃ記憶に残ってるな。

オジーとギターのジェイクEリーが

「創刊おめでとうって、絶対自分で書いてないやろ」

って思ったのも記憶にある。

当時モアミュージックに入荷するって予約までして買いに行ったような。

それくらい出るのが楽しみだった。

ここにあるように当初は『ミュージックライフ(以下、ML)』の別冊だった。

当時の僕は毎週『ベストヒットU.S.A.』を録画して繰り返し繰り返し観て、毎月MLを買って読む、

っていう完全ベタな洋楽好きだった。

いま「自称80s洋楽王」なんて名乗ってますが、

そりゃもう学校の勉強なんかより遥かに猛勉強してたから。

80s洋楽の大学あったら大学院まで行けたと思う。

だから、洋楽ヒット曲の中で自然とHR/HMに出会っていたので、

MLがメタルの雑誌出す!」なんて

もう、興奮して待ってた訳です。

創刊第2号か3号くらいにニッキーシックスが表紙になって、あれも良かったなー。

結局何号まで買ってたかな?1年も買ってないかもしれない。

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先日、広島でモーターヘッドの『Ace of Spades』の

7インチを嬉々として買ってたら、若いDJの子から

「ウワッ意外!そんなんも聴くんですか?」

なんて驚かれたので、

「いやいや、ハードロックもメタル(以下、HR/HM)も大好きなんやけど」って。

(モーターヘッドがHR/HMに入るかどうかの論争は置いといて)

最初はストレイキャッツ命、それから洋楽の中でもカルチャークラブとかヒットしていた英国グループを好きになり、

クラスのギター少年とバンドを組んだせいで

ヴァンヘイレンラウドネスを聴くようになった。

少なくともパンクよりはHR/HMの方が先に好きになったことは間違いない。

ピストルズやクラッシュは小学生の頃だったから本格的に好きになるのはもっと後。

そう言えばクラスに一人だけパンク好きなベーシストがいたけど仲間がいなかった。

いま思えば断然そいつの方がカッコいいけど

当時は「バンド組む=HR/HMを演る」って感じだった。

ただ僕はギター少年じゃなかったので、

みんなが好きだったリッチーだのマイケルシェンカーだのゲイリームーアだのっていうギターヒーローには全く興味なかったし、彼らはアメリカではヒットしてなかったから僕の中でも除外してましたね。

それよりはデイヴリーロス(ヴァンヘイレン)とか、マイケルモンロー(ハノイロックス)とか、派手なヴォーカリストが好きだったし。

現代では80年代に一斉を風靡したルックス重視のHR/HMのバンドを「ヘアメタル」とか「グラムメタル」なんてカテゴリーで括るようですが、確かにそんな感じだったな。

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初めて観た外タレのライヴは今や伝説となった日本初の本格的な野外ロックフェス『スーパーロック84 in JAPAN』を大阪で体験。

カナダのアンヴィル、新人のボンジョヴィドイツからスコーピオンズMSG、英国のホワイトスネイクが出たんですけどね、

僕は当時アメリカで売れてたスコーピオンズ目当てだった。

で、10年くらい前にアンヴィルの映画があって話題になった時に「あのフェス行ったよ」なんて若い子に自慢できる日が来るなんて想いもよらなかったし、アンヴィルまだやってたんかい!って驚きもあったり。


あと、コレが最も重要なんですけど、

HRHMの何が好きってバンドのロゴなんですよ。

AC/DC、アイアンメイデン、ジューダスプリースト、ヴァンヘイレン、モトリークルー、デフレパード、スコーピオンズ、クワイエットライオット、トゥイステッドシスター、W.A.S.P.、アクセプトとか、いつも授業中ノートに描きまくってた。

今でも描ける。

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ファーガス・ファーガデリックの作品を見た時、

コレ、オレのノートやん!って思った。

若い子がそのバンドのサウンドを知らなくてもバンドTシャツを買うのってシンプルにロゴがカッコいいと思えるからだと思う。

いま、EKD & STONE AXEでドラムを叩いてるケイタが

僕より全然若いのなぜか80sメタルが好きで、

シーザーでメタルナイトやろう!って意気投合して企画を進めて早5、6年は経つ。

タイトルは『鋼鉄シーザー』って決まってて、

フライヤ用に「メタルな人」のイラストを和田ラヂヲさんに描いてもらう約束まで取り付けたりして企画の外堀だけ埋めていってる段階でストップしたまま一向に実現せず。

どう考えてもお客さん入りそうにないから

でも、クラブとか行ったことないロック好きな人にクラブのサウンドシステムでHR/HMのレコードを爆音(ここ重要)で楽しんでもらいたい。

普段のDJでは何をかけるか決めて行ったりしないけど、

メタルナイトはもうセットリストが出来てる。

やらないかもしれないのに架空のリスト

まぁ、メタルだからどうしてもファッションにコスプレの要素が含まれるし、ハロウィーンの時なんか良さそう。

なにしろHELLOWEENってバンドがいるくらいだし。

(ちなみに今号のBURRN表紙な)



1980s HR/HM Playlist

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Back in Black (1980)

AC/DC


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Fast as a Shark (1982)

ACCEPT


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Aces High (1984)

IRON MAIDEN


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You've Got Another Thing Comin' (1982)

JUDAS PRIEST


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Looks That Kill (1984)

MOTLEY CRUE


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Crazy Nights (1984)

LOUDNESS


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Round and Round (1984)

RATT


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Rock You Like a Hurricane (1984)

SCORPIONS


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We're Not Gonna Take It (1984)

TWISTED SISTER


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Cum On Feel the Noize (1983)

QUIET RIOT


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No Sleep till Brooklyn (1987)

BEASTIE BOYS

feat. Kerry King (Slayer)


こんな感じで後はガンズやデフレパードやヴァンヘイレン等

メジャーどころを散りばめながらDJやったら盛り上がると思うけどな。

当時はめっちゃ激しい音楽を聴いてると思ってたけど、

今聴くとメロディも演奏もしっかりしててポップだし売れ線だなって思うのがいっぱいある。

しかし、僕がDJを始めた頃はいかに人が知らないようなカッコいい曲を探すか、なんてことを意識してたのに、

まさか歌謡曲かけたりメタルかけたりする時代が来るなんてって思ってます。





"Is Heavy Metal Dead?"

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CREEM MAGAZINE October 1979


40年前の米音楽誌で既にHEAVY METALという言葉が使われている。


# by imag0020 | 2019-09-12 13:40 | 80's洋楽王

節目

たまに熱狂的な阪神ファンの人に会うと

必ずと言っていいほど同じ質問をされる。

誰のファンなんですか?

コレ、意外に答えに困る質問です。

「だ、誰って言うか、みんな好きですけど」

なんて、つまらん答えになってしまう。

実際それは嘘でもなんでもないけど、

それだと話が拡がらない。

なので、その都度

「やっぱり原口ですね」とか、

横田慎太郎が好きなんですよー」とか、

北條に頑張ってほしいですね」とか、

捕捉はするようにしてる。

モチロン、マートン、赤星、今岡、金本、下柳、

別格で掛布さん、江夏豊とか、

僕にとって神様みたいなレジェンドもいるけど、大体こういう時って現役選手の名前を挙げるべきなのかな?って。


今から10年くらい前の話ですが、

とある知り合いから阪神タイガース本社の偉いさんを紹介していただいた事があった。

その人は当時のFA選手の入団会見とかで横に写ってるような

ガチの偉い人だったんで恐縮しながらも、

「最近なんで松山で公式戦やってくれないんですか?」

なんて取り留めの無い質問したりして。

宴もたけなわになった帰り際、

「で、誰のファンなの?」

って唐突に聞かれた訳ですよ。

その時も「いやー、誰って言うかみんな好きなんですけどね」

って言う最も煮え切らん返答をしたんですけど、

いや、この人がそんなこと聴いてくるってことは何か良いことあるのかもしれないって咄嗟に思い直して、

強いて言うなら藤川ですかね」

って言ったんですよ。

そしたら、その人が「球児ね」って手帳にメモしたんです。

こんなん何かしらあるんだなって本格的に期待しますよ、そりゃ。

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そしたら、1週間ほど経ったある日、

本当に差出人「株式会社阪神タイガース」って書いた佐川急便の袋が届いたんですよ。

まず、その伝票だけでもテンション上がったのは言うまでもないですけど、中を開けてビックリ、

藤川球児のサインボールが2個コロンと入ってた!

しかも、月刊タイガースとかで読者プレゼントなんかに使われる非売品のロゴ入りボールで。

いや、そりゃ期待はしてましたけどね、

まさか、そんな地方でちょっと紹介されて

酒の席で会話した程度の自分にね、

わざわざ本当にサインボール送ってくださるなんて想いもよらない展開ですよ。 

だってそんなことしてたらキリないもん。

こんなことなら滅多にサイン貰えない鳥谷の名前も言っとけば良かったな、とも思いました

どうもそう言う時に遠慮して損する性格なんで。

まぁ、そう言うことがあって更に藤川を応援するようになったし、

そのサインボールも、その偉い方の名刺も今も大事に持ってます。


藤川が2013年にメジャーに挑戦した時は

正直、今から行っても無理やろ。

ずっと阪神にいた方がいいよって思ってました。

その後まさか帰国して四国アイランドリーグ入りなんて決断をしたことは信じられなかったし、

僕は球場で愛媛マンダリンパイレーツ相手に投げる姿を観たけど、抑えてはいても全盛期の圧倒的な投球には程遠いなと感じてました。

だから、まさかまた阪神と契約するなんて絶対に有り得ないと思ったし、

もはや戦力としての期待よりチームの功労者である藤川に引退の花道を用意し、コーチ的な役割を求めての事だと理解していました。

しかし、その予想は良い方に裏切られ、

毎年50試合超の登板を果たしリリーフ陣のリーダーとして君臨、

今年はドリスの不調によりクローザーに復活、

今日の時点で

48試合に登板し、

4勝1敗11セーブ22ホールド

防御率は驚異の1.50

という、なんじゃコレ!な完全復活。

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2012松山で開催されたオールスター以来の

オールスター選出も果たした。

松坂世代の選手があと何人現役で残ってる?

しかもバリバリの一軍戦力として活躍してる。

だって野村監督の時代から阪神にいるんだから、

もうレジェンドなんてレベルじゃない、

チームの至宝ですよ。

22永久欠番にしても誰も異論はないはず。

今回この月刊タイガース500という記念号に

こんなカッコいい表紙を飾ってくれて、

もうこの本持ってサイン貰いに行く新たな目標ができました。

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# by imag0020 | 2019-09-09 00:48 | 野球評判家

冷酷

素晴らしき邦題の世界 シリーズ vol.17

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Nick Lowe / Cruel To Be Kind


英米ともにチャート12位を記録した

ニックロウ1979年のヒットシングルであり、

DJの間で大定番として重宝されている曲。

この曲は元々ニックロウのバンド、ブリンズリーシュウォーツで演った曲をもう1つの自身のバンド、ロックパイルをバックにソロ名義で(ややこしいが)再演したもので、

最初は別のシングルのB面に収録されている。

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コレはみんなが知っている "Cruel to Be Kind" より

テンポが速く曲調も違うので、

いま聴いたら「誰か他の人のカバー?」

って思う人もいるかもしれない。

今回紹介する1979年版アレンジが大ヒットしたヴァージョン。

僕は、このニックロウやコステロ、イアンデューリー等の

英国パブロックが好きなのだが、彼らのシングルがアメリカでヒットするのは極めて珍しい。

当時はパブロックなんて知らなかったので、

あくまで普通の洋楽ヒットとして認識していた。

そんなこの曲がこれほどクラブ界隈でお馴染みになったのはいつからだったろう?

調べてみたら、

ハッキリと記録として残っているのは

須永辰緒さんのミックステープ

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Organ b. Suite シリーズ No.5

Side Bに収録された時だろうか。

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以前紹介した大貫憲章さんの本『DJ ALLTIME CLASSICS 200』にも掲載されていたからロンドンナイト周辺でもプレイされていたのだろうが、

誰か特定のDJによるクラシックという感じでは無かったと思う。

それが、辰緒さんのテープに収録されてから

あっという間に地方のDJにも波及していった。

レコード屋をやってるとよくあるのだが、

若いお客さんが唐突に「ニックロウありますか?

って探しにきたりして、

こちらとしてはそういうテープの存在を知らなければ、

「なんで急にニックロウとか言い出した?」

って驚かされたり。

確かにキャッチーな曲調、テンポ、頭の「タンタタタンッ」ってドラムの入り方、サビの高揚感、間奏のギターの気持ち良さ、どれを取ってもクラブヒットの要素満載。

ただ、やはりこの曲の収録されたアルバムと輸入盤、

特にUS盤シングル(大貫さんの本にもジャケなしUS盤が載ってた)

ジャケあり英国盤はよく見つかるけど、

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国内盤アルバムの放題は『いかした愛の放浪者


この国内盤7インチはなかなか見つからない。

アルバムと同じデザインに『恋するふたり』の邦題。

曲に合ってる感じがするし、UK盤7インチより断然好きだ。

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UK盤シングル


ただ、邦題がなぜこんな感じになったのかは謎だ。

ビートルズにも『恋する二人』ってあるけど意識したとは思えないし。

" Cruel to Be Kind"

って訳したら「ツンデレ」みたいな意味になるらしい。

ニックロウの歌詞も含めてキャラクターとか職人肌な独特の面白さは僕らが言葉で表現するのは難しい。

邦題を考えるのも一回捻って諦めた、みたいな感じか。


# by imag0020 | 2019-09-07 14:51 | 素晴らしき邦題の世界

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


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