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アイマグブログ― カマタヒロシ 

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楽器

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2010年に生産終了となったSL-1200 MK6までの

シリーズ累計販売台数は350万台超え!

ついに復活したテクニクスのターンテーブル

新機種 SL-1200 MK7 発売!


https://imag002.exblog.jp/14522076/

まずは2010年に書いた記事を参照されたし


ちなみに僕の愛機MK2はついに殿堂入りした。

もはやヴィンテージ機材ですよ。

いや、だからと言って壊れてはいない。

まだ全然使える。

クボタも「ウチのマークII全然壊れないからまだ使ってるよ」って言ってた。

そう!壊れないから買い換える必要がない。

DJのキャリアとともに寄り添い続けてくれるのだ。

この記事にも書いてるけど、スマートフォンなんて分割払いを払い終える頃にはタイミングよく壊れるようになってるから。


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それはいいとして、最近

僕はマークIIから一歩進んでMK3と御対面。

実はコレ、今はなきVOLCANOスタジオで使ってたマークIII

そう、90年代最高の名盤『Jr.』を始め、

数々の名曲のサンプリングはここから生まれたのだ。

そう思って見たら何の変哲もない、

いつものマークIIIもより尊い物に見えてくる。

だって極端に言えば「ジミヘンのギター」とかと同じようなもんだから。

今回、テクニクス社は新たにマーク7をDJのための

楽器」と位置付けて開発を進めたそうだ。

過去のシリーズを継承しつつ進化しているマーク7。

とりあえず音はホントに良いらしい。

ヴァイナルの大敵である振動にも強いとか。

10万近いプライスも一生使えると思えば安い物だろう。

既に初回生産分は品切れしているらしい。

僕は買わないけど。


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個人的には世界に2セットしか存在しない

(内1セットはビズマーキー師匠所有)と言われている

7インチ専用ターンテーブル

SL-700 が欲しい!

受注生産ならめっちゃ高くなるんだろうなぁ。


# by imag0020 | 2019-06-05 12:55 | My Favorite Things

着用

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僕が日頃愛用している

adidas ATP KEYROLANトラックトップジャケット

まぁ、いわゆるジャージですね。

元々はテニスプレイヤーのウェアで80年代の物が多い。

素材の質感とかシルエットが好きで、季節を問わず年中着ている。

adidas originals 出してる現行モデルの

ジャージも悪くはないけど、出来れば当時の物が良い。

僕は基本的にネット通販をあまり利用しない。

日々、通販を利用してる人達に振り回される生活なので余計に嫌になっていて、

こういう物は出来ればショップで出会いたいなと思っている。

とは言え、フリマアプリでチェックはしていて、

そのadidas ATPジャージを検索すると、

古着屋でお目にかかったことないような

カラーヴァリエーションの豊富さにテンション上がるけど結局買わない。

古着は特に試着しないと実寸だけじゃ解らない部分もあるし。 

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で、ここからが本題なのだが、

最近このadidas ATP検索時にかなりの頻度で眼にするのが、

Suchmos ヨンス着用」とか、

「サチモス ヨンスが流行らせたadidasジャージ!」

などと書かれたキャプション。

コレはなかなか厳しいものがある。 

もし、いつも通りジャージ着てて、

若いDJの子とか、お客さんに、

「オッ、やっぱサチモス好きなんすか?」

とか言われた日にゃ、

もう顔真っ赤になってその場でジャージ脱ぐわ。

いや、別にサチモスどうのこうのじゃないんですよ。

サチモスにケチつける気は無いんです。

「サチモス好きだからadidas買いました」

ってファンがいるのも当然だし。

ただ、

adidasのジャージ着てる=サチモス好き

っていうのが共通認識になるのがマズイ。

サチモスって、カッコいい音楽をやってる

って評価されてる旬なグループじゃないすか。

それに見てみると確かにadidasのジャージを着てる率が高い。

だから、尚更真似してると思われるのは小っ恥ずかしいというか。

コレがダサい連中が着てるんだったら逆に笑いに変えることもできるかなと思うけど。

だからと言って

「オッ、adidasRUN-DMCっすね」

って言われたら、

「う、うん」って、

それはそれで返事に困るけど。

(そうと言えばそうかもしれないけど、もはやRUN-DMCを意識して着ないだろう。とっくにそういうのを超越してるし)

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堂々の着こなしのDMC師匠。やはりネイビー

そう言えば、RUN-DMCが出てきた当時、

高木完さんがadidasのジャージをニューヨークに

買い付けに行くショップスタッフに頼んだらしいのだが、

RUN-DMCもピチピチのジャージ着てるから小さめがいいんだなって思ってSサイズを頼んだら細身すぎてただの体育教師みたいになったって話が好き。

まぁ、RUN-DMCは単に体格が良くてピチピチになってただけ。

僕らも探したけど当時は部活っぼいジャージしか近所に売ってなかったしな。

adidasのマークの入ったTシャツとか着て街に出る、

なんて当初はとんでもないことだった。


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昔々『踊る大捜査線』で織田裕二がM-51パーカー

いわゆるモッズコートってやつを着てたとかで、

もう世の中的に織田裕二が流行らせたことになってた時期があった。

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あんなん、モッズの人達に謝罪してほしいなと思った。

そのせいで着るのやめたモッズの方もいると思うな。

あれが無いと彼らは寒い時スクーター乗るの大変。

そうやって巷には、

ただスタイリストさんが用意した服を着てただけなのに、

キムタクが流行らせた、だのなんだのって

セールスになってる物が溢れてたはず。

まぁ、ウチらで言えばレコード屋で

DJ〇〇プレイ」

とかキャプションに書いてるのと同じか。

自分で見つけて買って帰ったレコードが、

DJ〇〇プレイ」だったら、

あー、あの人もかけてるんだなって嬉しくなるパターンと、

いや、もう絶対かけれんやん!ってパターンと両方あるけど。

以前、クボタタケシは自分が持ってないレコードにまで「クボタタケシ系」って書かれてるのを見て聴いてみたら本当にそうだった

ってことがあったらしい。

この未来予測パターンも結構多い。

あと、古着だと、

「ダウンタウンの浜ちゃんがジーンズに合わせて着てそうな一枚です」

とか、もはや実態も何もない、雰囲気のみで名前を出してしまったり。

最近古着界で急上昇してるのが

菅田将暉」かな。

ホント多い。

「ジャスティンビーバー着用タイプ

なんていう、あくまで着てたアイテム「」なのとか。

「カニエウエストやG-Dragonらがこぞって着用」

なんて、とうとうカニエも(こぞ)ってる人として処理されてしまって。

こんなん買う決め手になる人いるのかな?

でも、女の人のファッションとかもっと多いのかもしれないな。

読者モデルの〇〇ちゃん着用」とか。


別にその人がその服をデザインした訳でもないし、

その人がその曲を作った訳でもないけど、

「〇〇着用」「DJ〇〇プレイ」

って定着すると本当にその人の物になってるような不思議な錯覚。

誰かの真似するなら「細かすぎて伝わらない」ところを突くのが面白いと思うけどなー。


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(広告のページ)

というわけで、この流れで書くのも凄いが

カマタヒロシ モデルキャスケット新作がまた出ました!

段々と新作の出るペースが早くなってきた。

しかも、かなり出来が良い。

ちょっと大きめのベレーになってて、

つばの部分とツートーンカラーに。

夏用のメッシュ生地を内側に使ったり芸が細かい。

もう少ししたら市内某所で買えます。

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# by imag0020 | 2019-05-22 12:26 | My Favorite Things

原宿

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70s原宿 原風景

エッセイ集 思い出のあの店、あの場所

(DU BOOKS)


70年代、「ファッションの街」が誕生した時代。
原宿から人生が始まった45人の珠玉の青春エッセイ集。 


高橋靖子/中西俊夫/藤原ヒロシ/大久保喜市/柳本浩市/ミック・イタヤ ... 

貴重な写真や資料も掲載


「みんな何者でもなかった。でも、自由だった。そして、ドキドキ、ワクワクしていた。 恋に。音楽に。ファッションに。これからの自分に。


僕は上京願望を持ったことがほとんどない。

ZOOTをやってたこともあってか、

よく「東京に何年くらいいたんですか?」

って聞かれることがある。

聞かなくともそう思い込んでる人もいたり。

「いや、何年どころか2週間くらい仕事で滞在したのが最長で」って毎回答えてた。

僕の周りの知人友人はみんな東京で生活していた時期があって、

「一番(東京に)行きそうな人が行かなかったね」

と、よく不思議がられた。

モチロン、活動の拠点を東京に移す話も何度となくあった。

でも、その都度何かしらの理由で一瞬東京に向いた気持ちを封じ込めていた。

僕は大阪で生まれ松山で育ったので、

幼少期から自分の趣味趣向は大阪で充分賄えていたし、

10代の頃は東京を飛び越えてロンドンに憧れていた。

とは言え、80年代のクリームソーダやア・ストア・ロボット、

90年代には俊美さんがラフォーレでやってたセルロイド、

あとは友人達のいた古着屋さんなど、

各年代で好きなショップがあった原宿という街には常に興味を抱いていた。

モチロン、DOARATもあったし、

一大ムーヴメントとなった裏原系など、

関わりのある人達のショップが勢いあった時代も深く記憶に刻み込まれている。

東京を知らない僕にとっては、

レコ屋は渋谷でファッションは原宿

みたいな単純な構造で捉えていたような気がする。

自然と面白い人が集まってくるサロン的な役割を果たす店があって、

そこに集う人と人との繋がりからコミュニティが生まれ、

街全体が一つのカルチャーとなってっていう構図、

それこそが僕が原宿に最も関心を持つ部分だ。

この本に登場する人やショップは、

やはり僕らより少し上の世代で、

名前しか知らないようなショップがほとんどだ。

でもロンドン同様、実際に行ったことはなくても、

当時やたら本などで情報を得ていたので、

行った気、知った気になっていたものばかり。

全てが伝説だ。

たまたまこの本を読んでるタイミングで、

尊敬するReady Steady Go! 後藤田さんと会ったのだが、

正にこの本に出てくる時代の原宿をリアルタイムで体現してた人なので、

『レオン』『セントラルアパート』

などの話を少し聞かせてもらって、

より本の内容を立体的に捉えらることができた。

それにしても昔の記憶って美化されてて、

実際の写真を見たらちょっと恥ずかしい、

みたいなことがよくあるけど、

この時代のプラスチックスの人たちとか、

どう見てもカッコいいなーって思う。



# by imag0020 | 2019-05-18 05:27 | My Favorite Things

選定

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平成のプロ野球を振り返り、ベストプレイヤーを選出する。

そんな企画が雑誌やテレビなど各メディアで展開されていた。

野村さんが選ぶ平成ベストナインとか興味深いものもあったし。

僕も勝手に考えてみたのだが、

やはり30年余の間にプレイした選手の中から

たった9人しか選べないなんて難しい。

誰を選ぶか、よりも、誰を外すか、になる。

ほとんどの人が外野手イチロー松井秀樹を選ぶ。

そうなると、もう外野の枠は一席しかない。

これは厳しい。候補を挙げたらキリがない。

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やはり、昭和と平成の野球界で最も異なる点と言えば、

1995年(平成7年)に野茂英雄がロサンジェルスドジャーズでデビューして以降、現在まで日本のトッププレイヤーのメジャー挑戦が続いていることだろう。

もし、一連のメジャー移籍の流れが無かったら、

日本のプロ野球はどうなっていたのだろうか?

タイトルホルダー、優勝チームなど、

歴史は大きく違っていたはずだ。

それならとメジャーに行った選手は除外して

日本国内のみで活躍した選手で構成してみることも考えたが、

それもやはり無理があるので、

思いきって日本人選手はこの際置いといて、

日本でプレイした外国人選手のみで選定してみることに。

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先発 ランディ・メッセンジャー (阪神)

中継 ジェフ・ウィリアムス (阪神)

抑え マーク・クルーン (横浜)


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捕手 城島健司 (福岡ダイエー)

一塁 アレックス・カブレラ (西武)

二塁 ロバート・ローズ (横浜)


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三塁 ホセ・フェルナンデス (東北楽天)

遊撃 アンディ・シーツ (広島)

外野 マット・マートン (阪神)


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外野 ウラディミール・バレンティン (ヤクルト)

外野 アレックス・ラミレス (ヤクルト)

指名 タフィー・ローズ (大阪近鉄)


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監督 ボビー・バレンタイン (千葉ロッテ)

        トレイ・ヒルマン (北海道日本ハム)


昔から日本のプロ野球は外国人選手を助っ人と表現してきた。

日本人プレイヤーだけではチームに補えない部分、

例えば打者ならホームラン40本打てる大砲。

つまりパワーヒッターを求める傾向にある。

代わりにその多くは守備力にはある程度目を瞑る。

パ・リーグならDH(指名打者)制度を利用できるが、

自然と守備の負担の少ないファーストやサードに集中している。

逆に守備の要であるキャッチャーと二遊間が圧倒的に少ない。

捕手に関しては少なくとも平成にはいないと言い切れるくらいだ。

苦し紛れではあるが、ここだけは逆に日本からメジャーに

捕手として唯一チャレンジした城島を選出することにした。

監督はロッテ、日本ハムをそれぞれ日本一に導いた

バレンタイン、ヒルマンの二人が甲乙つけがたいが、

ロッテで2度も指揮官を務めたバレンタインにする。


他にも 

グリエル、ウッズ、ペタジーニ、フランコ、

ブランコ、バーネット、ブラゼル、ゴメス、

ショート、サファテ、メヒア、呉昇桓

忘れ難い選手もまだまだ多数いるが泣く泣く落選。

結局、マートンを入れたくてこんな選定やってみただけ。


協力 カルビー


# by imag0020 | 2019-05-05 04:21 | 野球カード

立場

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テムズとともに -英国の二年間-

徳仁親王(著)出版:学習院総務部広報課


テレビで英国留学時の映像が流れていて

ふと思い出した。

あー、そういえばあの本どこに行ったんだ?と。


徳仁親王が1983年6月から1985年8月までの

英国オックスフォードでの留学生活を回顧したエッセイ。

1993年に学習院創立125周年記念の学習院教養新書として刊行された本。


93年だったのか、この本。

当時、何かで紹介されていて、

ロンドンでどんな体験をされたんだろう?

と興味を持って読んでみたら読みやすくてとても面白かった。

僕なんかは、ただその私生活の方に関心があっただけなのですが、まるで、一般の人が大学に入って上京して

初めて一人暮らしをするのと同じような生活をされていたことを知った。

部屋が寒いとか、初めて洗濯した話とか、

英国らしくパプに友人と呑みに行ったりとか。

クラブかディスコに行ったら服装がダサくて入店を断られた話なんか衝撃だった。

(モチロン、「ダサくて」なんて表現は無い)

パンクスを見た、とか書いてあったり。

いま再び読んでみたらきっと当時とは違う感想があるだろうから読みたいなと思って、

手元にないので検索してみたらめっちゃ高い値段で流通していて驚いた!

しかも一般では手に入らなくて図書館で借りたとか書いてる人もいた。

いやー、確か普通の新書文庫として書店で買えたような記憶あるけどなー。

とにかくまた読みたいなと。


とても需要な2年間を過ごされたのだと微笑ましく読んでいてもこの一文にハッとさせられる。

「再びオックスフォードを訪れるときは、

今のように自由な一学生としてこの町を見て回ることはできないであろう。

おそらく町そのものは今後も変わらないが、

変わるのは自分の立場であろうなどと考えると、

妙な焦燥感におそわれ、いっそこのまま時間が止まってくれたなどと考えてしまう。」



# by imag0020 | 2019-05-04 11:23 | My Favorite Things

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


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