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アイマグブログ― カマタヒロシ 

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追懐

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阪神タイガース THE MOVIE ~猛虎神話集~

2020214日 全国ロードショー

制作 『阪神タイガース THE MOVIE』製作委員会

配給 KADOKAWA


プロ野球球団 阪神タイガースの創設85周年を記念して製作された、

球団初の公式ドキュメンタリー映画

1973年の江夏豊、史上初の延長ノーヒットノーラン」や「1985年のバース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発」「矢野タイガース“新世代のニュースター”」など、ファンの間で「神話」とも呼ばれる伝説的なシーンのほか、これまで語られていなかったエピソードも含め、蔵出し映像や新規インタビューで球団の歴史を掘り下げていく。熱狂的なタイガースファンとしても知られる俳優の石坂浩二が出演のほかナレーションも担当。元タイガース選手で「ミスター阪神タイガース」こと掛布雅之がナレーターを務め、現役選手も多数登場。

エンディングには「六甲おろし」が流れる。

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長い長い85年という歴史の内、

僕も、阪神ファン歴は50年近いと思う。

確か唯一の日本一となった1985年が50周年だったと思うけど、あれから35年間も日本一になってない。

それどころか最後にリーグ優勝したのも15年前だ。

その2005年に創設された楽天イーグルスでさえ

2013年に日本一になっているというのに。

これほど弱い(と言い切ってしまおう)のに、

これほど人気が継続してるのはなぜなのか?

矢野、金本、下柳の移籍組アラフォートリオ

JFK (ジェフ、藤川、久保田)の最強リリーフトリオらが

揃ってる時にあと一歩で優勝を逃してるのが痛い。

大昔から「あと一歩で優勝だったのに」

なんてシーズンが何度もあった。

それでもついてくる熱狂的なファン。

ファンが多いから関西のメディアも阪神ファンに向けた報道に偏重してしまう。

ファンのせいで球団もチーム編成の改革に本気で取り組まないし、

選手も本当のスターになる前に勘違いしてしまう、

なんてことはよく言われてきた。

例えば吉本の芸人さんなんかは一度大阪で売れてから

東京進出して全国区のスターになっていくシステムが

自然と構築されている。

昔、金本が若手選手に向かって

「おまえらは関西のごく一部のマスコミとか尼崎商店街で有名なだけだぞ。そこから一歩出たら、誰もおまえらのことなんか知らん! 勘違いするなよ」

って叱咤したらしいが、そういうことだと思う。

他球団ファンに阪神の選手で知ってる名前を挙げてくれって言って何人の名前が出るか。

鳥谷もいなくなった今、おそらく藤川、西、藤浪、能見くらいじゃないかな?

野手なんて福留糸井の大物移籍選手くらいだろう。

よくて梅野、近本あたりが出るくらいか。

阪神ファンが期待し続けてきた江越、中谷、陽川なんて知らないと思う。


今回の映画も85周年記念映画なのに、

松村邦洋とか千秋とか起用してるのがもう。

いや、僕も松村好きだし、

二人とも阪神ファンの代表として文句は無いのだが、 

それはあくまで関西ローカルの特番レベルならって話だ。

掛布さんのキャラもナレーター向きじゃないだろう。

劇場で公開する作品なら球団の歴史と伝統の重みが感じられる作りにしてほしい。

それこそ他球団ファンの人が観ても面白いと思えるような内容。

藤村富美男、吉田義男、村山実の時代や江夏豊、田淵幸一

阪神ユニフォーム姿を若いファンが知らないのは当然だし、

僕だって田淵をギリギリ観たことある程度だ。

製作者サイドがどの世代にフォーカスを当てるかで変わってくるだろう。

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僕はメジャーリーグドキュメンタリービデオが好きで以前よく見ていたのだが、

大昔の選手の偉大さ、時代背景などの見せ方が非常に上手くて、全く当時を知らなくても魅了されていった。

製作側の過去の歴史に対するリスペクトがちゃんと伝わってくるし、現代に繋がっていってる様も感じられる。

江夏の奪三振記録とかバース掛布岡田のバックスクリーン3連発とか、もう語り尽くされてきたオールドファンなら誰でも知ってる話なんだから、そこは当人よりも他の選手や関係者に証言させ検証していくスタイルの方が面白くなると思うな。

松村の中途半端な笑いの要素なんていらないのでは?

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と、言うわけでここまで書いといてアレですが、四国では

シネマサンシャイン エミフルMASAKI

のみで上映中らしいです。


# by imag0020 | 2020-02-19 17:02 | 野球評判家

薫陶

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野村克也さんが急逝されました。

訃報はいつも突然やって来る。

それにしても残念でなりません。

過去にも幾度となく野村さんについて書いてきましたが、

僕は野村信者でした。

僕が子供の頃、

初めて球場で観戦したプロ野球の試合は

大阪なんばにあった大阪球場での

南海ホークス 近鉄バファローズ

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カルビー野球カード 1976


その時すでに野村さんは監督兼4番キャッチャーという、

監督・脚本・主演を独りでこなす人でした。

いま想えば当時の野村さんってまだ40歳とか

それくらいの若さだったと思うけど。

観客がめっちゃ少なかったことと、

その日も野村さんがホームラン打った事は記憶に残ってます。

南海、阪急、近鉄、在阪パリーグ球団全て好きだったけど、

好きな選手と言えば掛布さんや王さんだった。

どちらかと言えば実際の野村さんよりも水島新司先生の『あぶさん』で描かれるノムさんに対して親しみを感じてましたね。

それから随分経ち大人になってから野球の奥深い部分に興味を持つようになっていったのは野村さんの数々の著書によってでした。

一時は出る本、出る本、片っ端から読んでた。

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2010に復刊された

野球は頭でするもんだ 完全版 上・下』(朝日文庫)

本の帯に付いてた応募券を送ったら、

たった5人しか当たらない読者プレゼントに当選したんですよ。

そんなもん送った事すら忘れてたから、

ある日突然『朝日新聞社』から何かが届いて

何だろうコレ?と思って開けたら立派な書が出てきた。

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こんなの、もしその辺で野村さんにお会いできても

書いてもらえるようなサインじゃないので興奮して。

それ以来、野村さんへの想いがさらに強くなり、

ファンレターならぬ読書感想文を書き、

本に添えて直接送り付けるようになったのです。

野村さんにしたら迷惑な話なんですけど、

読んだ本を送ったらちゃんとサインして返信してくださって。

しかも一週間くらいで。

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僕もまた図々しいから本に栞を挟むように、

野球カードを本の間にさり気なく?入れておくと

それにも漏れなくサインしてくれて。

もう嬉しくて嬉しくて僕の中で一方的に野村さんを文通相手みたいに感じて、その後も調子に乗って何回も送ってしまいました。

本当に失礼な話だけど、

それでも「野村さん暇なのか?」ってくらい即返信が来る。

流石に野村さんも「また松山の奴から来てるぞ」って認識してたんじゃないかな?

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返信封筒に書かれてある差出人の住所も直筆で、

これなんて普通のサインより貴重やん!

って大切に保管しています。

「それってサッチーが代わりに書いてるんじゃない?」

って言われたこともあるけど

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どんな作家の本よりも野村さんの著作を読んできたので僕の中で野村さんは偉大な野球人であると同時に文豪でもある。

もっともっとお元気でいてほしかったけど、

サッチーが亡くなられてからテレビで拝見しても明らかに元気が無くなっていたような気がしてました。

本当に残念、野村さんに感謝の気持ちを伝えたかったなぁ。

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名将としての素晴らしい経歴に傷が付く事も厭わず暗黒時代の弱小阪神の監督を受諾してくれた3年間にもっともっと感謝し、

阪神も追悼試合くらいやるべきだと思う。

あの3年間があったからこそ次の星野監督就任も実現したし、2000年代の躍進もあったんだから。






安らかに



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週刊少年ジャンプ 1974年9月30日号より

『侍ジャイアンツ』に登場するノムさん



# by imag0020 | 2020-02-14 09:09 | 野球評判家

意志

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GさんとEさんがやって来た2005年のXなフライヤ


下北沢 DISC SHOP ZERO (DSZ) 店主、ライター、DJ

E-JIMA こと 飯島直樹さんが死去されたとの報を受け大きなショックを受けています。

僕が松山でZOOTEARTHBEATと理想ばかりを追ったショップを続ける中で、その理想を具現化していたDSZと飯島さんの事をいつも意識していました。

ZOOTって名前もレコード店のリストをA to Zで掲載する時、ZEROの次にZOOTが並ぶように(つまり最後に来るように)「Z」から始まる店名にしたほどです。(実は間にZESTがあった)

そんな適当な話はさて置き。

DSZと並行してANGEL'S EGGというレーベルの運営も含めて、その親切丁寧な仕事には毎回感心させられました。

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「永遠の推薦盤ダブ編」永遠に眺めてられる

特に誰もが手にした事あるであろうポストカードサイズのフライヤ、ジン、フリーペーパー、配布するサンプラーCDとか。

アートワークも含めて刺激を受けずにはいられなかったな。

ZERO0152BEAT BOP、僕が意識したレコードショップはそれぞれ店主の嗜好や思想が隅々まで行き届いてる、

店主自身が方向性を示す看板のような存在であり、

中でも特に飯島さんに対して強烈なシンパシーを感じていました。

僕が最もDSZを意識した選曲をしていた

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WILD PAARTY SOUNDSっていうパーティのCDを飯島さんに渡したらとても気に入ってくれて「子供を寝かせるのにいつも聴かせてます」って

お子さんが産まれた時にテレタビーズのグッズをプレゼントしたことも。

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僕のアウターナショナルミックスCDも取り扱ってもらったり、EKDがデビューした時とか何かにつけて僕の名前を挙げてくれたり。

そういえば随分前に飯島さんから「愛媛出身の女の子がよくお店に来てくれてダブのレコード買ってくれるんですよ。そんな感じの音楽を聴くようなルックスじゃなかったから話したら、どうも鎌田さんとこのお店のお客さんだったみたいですよ」

って言われて、「へー、誰だろ?」って思ってたら、

それが現在のナツサマーだったり

ブリストルから、あるアーティストが松山でもライヴをやることになった時も、よろしくお願いしますってわざわざ連絡くれたな。

マッシヴアタックのとんでもないエラー盤が出てきて、

珍しいのかどうかも判らないので、マッシヴアタックの事なら飯島さんしかいないと思ってメールで質問したら、飯島さんですら知らなくて妙に嬉しかったことも

そうそう、僕が「音楽評判家」を名乗ってたら、

飯島さんがいつの間にか「音楽紹介家」を名乗ってて笑ったなー。

音楽紹介家って飯島さんそのものやん。

ここ最近やり取りしてなかったから突然の訃報に言葉を失いました。

ショップをクローズしてしまった僕にとって、ずっと続けていた飯島さんは希望の光でもあった。

滅多に東京に行くこともないけど、行けば下北のあの場所にあの店が当然のようにあって飯島さんが座ってる、永遠にそうなんだと思ってました。

誰かがその意志と業務を引き継いでいってくれたら

遠い場所から願いながら、

飯島さんとご家族に哀悼の意を捧げたいと思います。


DSZ 2009年のブログ

http://discshopzero.blog63.fc2.com/blog-entry-269.html?sp


https://imag002.exblog.jp/amp/25246208/


# by imag0020 | 2020-02-13 08:26 | My Favorite Things

対象

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『ドラえもん』は、 

小学館の雑誌「よいこ」「幼稚園」「小学一年生」「小学二年生」「小学三年生」「小学四年生」の6つの雑誌の1970年1月号で連載がスタートしました。 

そのため、 各雑誌の対象読者別に描き分けられた6種類の第1話が存在しますが、 てんとう虫コミックス第1巻には「小学四年生」版を、 加筆・修正したものが収録されています。

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昨年末話題になった『ドラえもん』0巻

やっと読みました。

コレはめっちゃ良い企画。

てんとう虫コミックスから『ドラえもん プラス』っていう

新巻のシリーズが出ているのはコンビニでたまに手に取ってみてたけど、この0巻はもう一つ踏み込んだオールドファン向けの企画というか。

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上のキャプションにある通り、

1970年1月に連載開始したドラえもんは今年50周年を迎えた。

コミックス第1巻1973に出たらしい。

まさに僕が小学生の時にドラえもんのストーリーも同時進行していたリアルタイム世代だ。

ドラえもんの専門誌とも言えるような

コロコロコミック』が創刊されたのが

1977年らしいけど、僕らの世代はそれ以前から小学館の学習雑誌で読んでいた。

なので、今回この企画で、

そうか、確かに自分が小学二年生の時は『二年生』しか読まないわけで、

他の学年誌でもドラえもんが連載されていて、

しかもそれが対象学年に合わせた内容になってたなんて考えもしなかった、と。

F先生、一体何本の同時連載を抱えてたんだろう?

後から知った話では連載開始当初は人気があまり無くて最初のアニメ化も失敗したと。

人気に火がついたのはコミックスが出てからだという。

F先生なんて生涯ずーっと売れっぱなし漫画家だったイメージあるけど、

実は手塚先生なども、みんなスランプもあったし人気の浮き沈みを経験されていると。

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この有名なドラえもん新連載開始を告知するページも、机の引き出しから出てくるという設定以外何も明かされていないし、

どんな姿形をした登場人物なのか、

タイトルすらも書かれていない。

実際、F先生はギリギリまで何も具体的なアイディアが浮かんでいなかったと書かれている。

そんな始まりだったにも関わらず、

半世紀経った現在もこうやって新巻が出版され、

それが売れに売れまくって大重版、

なんと40万部突破とか。

世代だけじゃなく国境まで超えて支持されている。


僕はドラえもんのコミックスは好きだけど、

テレビアニメはほとんど観ていないし、

劇場版なんて一度も観たことない。

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一番好きな話は17に登場するバイバイン』です。

なぜかこの時のドラえもんとのび太のおやつは、

どら焼きではなくて栗まんじゅうという渋さ。

ミルクボーイの「もなか」のネタじゃないけど、

栗まんじゅうを山ほど食べたい子供なんているのだろうか?

僕は誰かとドラえもんの話になったら必ずバイバインの回を話題に出してます。


最後に、

実はドラえもんよりドラミの方が好きだし、

もっと言えば大人になってからはF先生よりA先生の作品の方が好きになりました。

A先生のダークな世界観の方が自分には合っている。

(F先生の短編集は黒くて面白いなと思う)

とは言え僕らの世代はみんなそうだと思うけど、

子供の頃は藤子不二雄は本当に

お2人で合作してると信じてましたけどね。


# by imag0020 | 2020-01-22 12:43 | My Favorite Things

不在

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2020.01.31 FRI

FREEDOM SOUNDS 2020

@BAR CAEZAR

OPEN 20:00 -25:00

ADM 2000w1d 


DJ

カマタヒロシ

Nori

KURIBAYASHI RYO

MILK-TEA

PURI

DOC.KOYAMANTADO

VOOSE

OKA


LIVE

EKD


FOOD

とぉから


SOUND SYSTEM

草の根音響


TRIBUTE TO SHIGERU YASUOKA

as Warrior Charge


昨年末また一人仲間がこの世を去りました。

ライヴ会場や様々な現場でPAやミキシングなど音響面を支えてくれた重要人物であり、

地元高知を中心にオーガナイザーとしても活動していて

僕もラヴジャマイカンに度々ブッキングしてもらっていました。

例えばライヴハウス等でイベントがある場合は、

通常その箱の専属のPA担当者がいたり、

小さい箱だと店長さん自らがPA卓の前に座ってたりします。

モチロン彼らは音のプロ、職人なのですが、

ほとんどの人がロック畑出身で、

レゲエやダブなど僕らの求める音域を理解してもらえないことがよくあって。

そんな時に彼のようなエンジニアの存在が非常に重要な役割を果たしてくれました。

実際、彼はあるスカバンドの専属でもあったし、

よく松山でライヴをやってたCOOL WISE MANなども彼に信頼を寄せていました。

ルースターズの花田さんとか、こだま和文さんとか、

僕の憧れの人達がお店に来てくれたり、

ラバダブマーケットなんかも元はと言えば、

彼との繋がりから付き合いが深まっていったように思います。

ほとんど無茶ブリと言えるような意表を突いたブッキングも彼独自のもので、

クボタはランキンさんと2人で高知に呼ばれた時のことは忘れられないって言ってた。

規模の大きいフェスっぽい企画もいろいろやってたし、

彼のある意味強引なスタイルは四国のレゲエシーンを統一できるコミッショナーみたいな存在になれたかもなって今となっては本気で惜しまれます。

本業が安芸市でラーメン屋さんを営んでいたので、

店に阪神の選手が来たら「いま藤川球児が来てますよ!」とか連絡くれたりして、

「いま来てるって言われてもどうすることもできないけど 笑」

って、やり取りも何度もありました。

わざわざ阪神OBの人のサインを貰ってきてくれたり。

何か閃いたり思いついたら即電話してきて、

一方的に熱く語ってくるので僕はいつもただ聴き手に回ってたけど、それももう無いんだなって思うと彼の不在を実感してきました。

僕は基本的に追悼パーティみたいなのには出ないことにしてるんですけど、

それでも今回ばかりは彼の好きだった曲を思い出してかけてみようと思ってます。

久しぶりのシーザー出演でもあるので集まってほしいですね。





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"Warrior Charge" (2006)


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"Hottest Neo Classics" (2008)
やっぱりコレが一番思い出深い

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"Hottest Hits Outernational 2" CD (2007)
このCDは彼の発案で彼の立会いのもとらぶじゃま店内でレコーディングさせてもらった一枚。

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"Super Rock (仮)" (2017)
彼の企画で高知に行った最後のパーティ。w.Bun Bun the M.C.



# by imag0020 | 2020-01-14 15:03 | インフォメーション

DJ / 音楽評判家 / 80's洋楽王 / マットマートンファンクラブ / アイマグ編集長


by imag0020
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